第160話 帰還

 大坂の陣開戦のほんの少し前。

 京にて動きがあった。

 

「かかれ! 残っている織田の手勢は全て殺せ!」

 

 京に突如として伊達方の水野勝成と津軽為信の手勢一万が現れる。

 秀信が備えとしておいていた僅かな手勢を蹴散らし、京を抑えていた。

 

「よし! 策の通りに行くぞ!」

「うむ、水野殿。ここは任せた!」

 

 津軽為信はとある場所を訪れる。

 そこは、近衛前久邸であった。

 

「津軽殿。順調そうだな」

「は。されどここから先は近衛様にかかっております」

 

 そう言われた近衛前久は笑う。

 

「堤が築かれ、勝ち目が無いと悟り多くの兵が大阪城を去ったと見せかけ再度集結し、ここ京を押さえる。政宗殿の起死回生の策にござりまする」

「……流石と言わざるを得んな。しかし京を抑えただけでは起死回生の策とは言えんな」

 

 為信は頷き、口を開く。

 

「その通りにございまする。ここから先が最も重要。さて、そろそろ取り引きを」

「うむ、そうだな」

 

 近衛前久は奥へと進んでいく。

 そして、一通の文を取り出す。

 

「この文で織田秀信の評判を落とし、朝敵とする。これには織田秀信の評判を落とす数々の悪行が書き連ねてある。京を荒らしたのも伊達方の兵に扮した織田の手勢、征夷大将軍の件も脅されたと書いてある。これを皆に見せれば、他の公家衆も納得して織田は朝敵になり、お主等に正当性が出るであろう。その代わり、大阪城に蓄えられている金を献上して貰う……と、言いたいが」

 

 為信が文を受け取る直前に近衛前久はそれを下げる。

 

「今の伊達殿に……大阪城にそれだけの金があるのか?」

「……伊達殿は算段はあると申されておりました」

 

 為信の言葉を聞き、近衛前久は暫く考えてから文を差し出す。

 

「……ならば、信じよう」

 

 近衛前久は文を差し出す。

 そして、津軽為信はそれを受け取ろうとする。


「成る程……どちらが勝っても金は貰える。京を抑えた伊達が朝廷に何もしない訳が無いからな、納得だ」


 が、受け取るその直前、為信の側に控えていた男がそれを取った。

 

「何をしている? 早く寄越せ」

「……残念ながらそれはできませぬな」

 

 男はそれを破り捨てる。

 男の顔は甲冑の面頬によって隠されていて見えなかったが、笑っているのは分かった。

 

「な!? 貴様! 何奴!」

 

 為信は刀を抜く。

 そして、他の者達も刀を抜き、男を取り囲む。

 

「……誰だと思う?」

「……どうせ秀信の手の者だろう。覚悟せよ。もう逃げられぬぞ」

 

 しかし、男は動じない。

 

「少し違うな……」

 

 男は兜と面を取る。

 その男の顔をみた津軽為信は驚愕する。

 

「な……織田三郎! 生きていたのか!」

「あぁ……俺だけではないがな。おい、もういいぞ」

 

 囲んでいた男達は即座に矛先を変え、為信と近衛前久を取り囲む。

 

「くっ……」

「虎助。殺すなよ縛り上げておけ」

「は」

 

 津軽為信と近衛前久は不利を悟り抵抗はせず、縛り上げられる。

 

「さて、策の通りに行く。虎助、このまま本能寺衆を率いろ。後は任せたぞ」

「は!」

「待て! 何故お主が生きておる!? 何故この策を見抜けたのだ!?」

 

 為信の問いに、三郎は暫く考えてから口を開く。

 

「……俺は死ぬつもりだったんだがな……良い家臣を持ったな、俺は」

 

 三郎は虎助を見る。

 虎助は頭を下げる。

 

「まぁ、策を見抜いた訳では無い。ちょっと嫌な予感がしてな……念の為、予備の予備で動かさせて貰った」

 

 そして、三郎は聞こえないように独り言を喋る。

 

「ここまでの事は文には書かれていなかったからな……直感で動いて正解だった」

「何だと?」

「いや、何でも無い」

 

 三郎は刀をしまう。

 

「さて、虎助。ここの事は任せた。俺は俺で動かせてもらう」

「畏まりました。水野勝成の足止めはお任せくだされ」

 

 かくして、織田三郎が帰還する。

 しかしその様子は、どこかこれまでの三郎とは違うものだった。

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