第139話 前哨戦 近江攻め、開戦
「津軽様。岐阜に織田秀信が兵を引き連れ入ったようにございまする」
「聞いている。早すぎるな……対策を講じなければならぬ……」
津軽為信は側近の言葉に反応する。
秀信が岐阜に入ってすぐ、為信の下へも知らせが入った。
為信は岐阜の状況を知るために、手の者を忍ばせていた。
「しかし、岐阜に入った秀信の手勢は数千と聞きまする。今の内に討ち取っては?」
「……いいや、少々危険だ。岐阜は濃尾平野が広がり、大軍が展開するには有利だが、その手前の、それこそ関ヶ原のあたりのような隘路で待ち構えられては苦戦は免れぬ。敵が策を講じていない筈がない。それに、最悪戻って来た敵に挟み撃ちにされるからな」
為信は今後の決戦で一人でも多くの兵が必要だと理解していた。
だからこそ、無駄に攻めることはしなかったのだ。
「しかし、岐阜にはこのような文が出回っているそうにございまする」
「……何?」
側近が文を差し出す。
為信はそれを受け取り中身を確認する。
「……これより大阪城へ入った者は問答無用で一族郎党、皆等しく処罰する、打ち首は確実。か……これはやられたな」
「は、既に岐阜には広く触れわたっておりまする。岐阜より東は特に。近江にも徐々に広がり始めておりまするな」
為信は文を握りつぶし、火にかける。
「……もっと早く兵を集めよ。それと、集まった者には勝てばそのようなことは関係無い。そして既に集まってしまった以上、勝たなければその末路が待っていると、触れ回るのだ。さすれば、士気が嫌々でも上がるだろう」
「は。伊達様にお味方すれば必ずや勝てると付け加えておきまする」
側近は頭を下げるとその場を後にする。
すると、伝令が駆け込んでくる。
「で、伝令!」
「どうした!?」
「織田秀信、岐阜を出立! その数、三万!」
その伝令の言葉に為信は驚きを隠そうとしない。
「何だと!? 何かの間違いでは無いのか!? 岐阜に入ったのは数千と聞いたぞ!」
「さ、されど報告では城を出た織田の手勢は三万程はいると!」
「くっ……」
為信は拳を握りしめる。
「早すぎる……軍備も、兵を集めるのも……それ以前に、兵を引き返してここまで来るのが早すぎる……」
為信は逡巡していた。
余りにも速い敵の進軍速度に、こちらの準備が整っていないからである。
「くそっ! どうする……」
「上手く行きましたな」
「あぁ、こんな事で敵を騙せるとはな。敵が慌てふためいていると知らせがあった」
そのころ秀信は、一万の手勢を引き連れて岐阜城を出発した。
「出陣を急がねば、敵の兵がどんどんと膨れ上がってしまう。ならば、軍備が整っていなくても出陣するべきだ」
「されど、我らの手勢は一万。戦をするには兵がたりず、出陣するわけには行かなかった……」
昌幸が続ける。
「なので、付近の民を集めて旗を持たせ、兵の数を多く見せ、敵の勢いを挫きまする。さすれば、伊達方劣勢と見た浪人も集まりにくく、あわよくば敵も兵を引くやもしれませぬ」
「うむ、流石は昌幸殿だ」
秀信は兵を進め続ける。
そして、兵に向け指示を出す。
「急がんでも良いぞ。後続の軍が集まるのを進軍しつつ待つ。近江に入る頃には本当に三万は集まっている筈だ。お主等の仕事はそこまでだ! 後は報酬をもらってゆっくりすると良い」
「……」
勘助は、昌幸と秀信を見つつ思う。
(やはり、軍師としての知恵は昌幸殿には及ばないか。秀信殿も、将としての才を開きつつある……官兵衛の記憶が失われてからというもの、記しておいてくれた書物の内容を理解はしたものの、やはり追いつけん)
勘助は官兵衛としての記憶を完全に失っていた。
今の勘助はただの勘助。
官兵衛からの記憶を書物として受け継いだただの一般人である。
(この先活躍出来るとすれば、医療などの未来の知識を使った事だけか……三郎の為にも頑張らないとな)
勘助も、決意を固める。
前哨戦が始まる。
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