第120話 徳川の末路

「何だこれは……」

 

 信康の陣の渡辺守綱は驚愕していた。

 

「何故、ここまで強いのだ!?」

 

 秀忠勢の勢いは想定以上に強く、信康勢が押され始めていたのだった。

 

「かかれ!」

「くっ! 退け! 退けぇ!」

 

 想像を絶する秀忠の攻勢に、守綱はたまらず退く。

 しかし、その状況を信康は見逃さない。

 信康自ら先頭に立ち、指揮を振るう。

 

「怯むな! 我に続け!」

「信康様!」

「守綱、退いてはならんぞ! 徳川家の正当なる後継者の我等がひくことは許されん!」

 

 信康は刀を握りしめ、激を飛ばす。

 

「我こそは! 徳川家康が嫡男、徳川信康なり! 徳川家当主に仇なす者共を攻め滅ぼせ!」

 

 信康自らが先陣を切り、敵陣に突入する。

 

「くっ! なんという勢い……流石は信康様」

 

 守綱と戦っていた本多正信は信康のその勢いに押され始める。

 

「これが信康様の実力……いや、それだけではないか……」

 

 秀忠勢は、信康が現れてから明らかに士気が低くなった。

 雑兵の中には、未だに徳川家当主がどちらか決めかねているものが居たからであった。

 戦況が敗色濃厚であり、それに加えて先程の信康の言葉で秀忠勢の士気は落ちたのだった。

 

「……正信様! 右翼、左翼、共に崩れました!」

「敵右翼は、本多忠勝殿……左翼は井伊直政殿か……これでは、天海殿といえども厳しいか……」

 

 信康が中央を押し始めたことにより、戦況が変わる。

 正信は決意する。

 

「ここが死に場所、か」

 

 正信は刀を抜き、構える。

 すると、正信の眼の前にも敵兵がやってくる。

 しかし、たった一人である。

 

「っ!? 忠勝殿!? 何故ここに」

「正信……お主の最後を見届けに参った」

 

 忠勝は正信の最後を見届けるために、単身、敵陣中央へ突入したのだった。

 

「正信……覚悟せよ」

「元よりここで死ぬつもり……来い」

 

 忠勝は槍を構える。

 そして、槍を突き出した。

 が、正信は抵抗すること無く、槍に突かれる。

 

「……正信」

「ぐっ……忠勝殿……徳川を、頼みましたぞ」

 

 忠勝は槍を引き抜く。

 正信は、その場に倒れた。

 忠勝は膝をつき、正信と話す。

 

「……何故、秀忠様につかれたのだ……もはや勝ち目はない事は明白であっただろう……」

「……何故だろうな……儂にも……分からん……」


 正信は弱々しく手を伸ばす。


「天下を……争って見たかったのかもな……」

 

 そして正信が伸ばした手は地に落ちる。

 忠勝は正信の手を取り、生死を確認し、正信の目をそっと閉じた。

 

「……残るは、秀忠様。信康様……頼みましたぞ」

 

 

 

「……やはり、儂は当主に相応しくは無かったか……」

「そんな事は無かろう……世が世なら、良き主君となっていたであろう」

 

 秀忠の本陣へと迫った信康は、秀忠と対面する。

 

「……天海殿は、どうしておられる?」

「……分からぬ。まだ捕らえたという話は来ておらぬ」

「そうか……」

 

 秀忠の周りには既に僅かな兵しか居らず、どうあがいても逃げ延びることは不可能であった。

 

「降伏せよ。命までは取らぬ」

「……降伏は、せぬ」

 

 秀忠は刀を抜く。

 

「徳川家康の子として、恥ずかしくない死に方をしたい。そう思っておる」

「そうか……ならば」

 

 そして、信康も刀を抜く。

 

「全軍! かかれ!」

「……父上、申し訳ありませぬ。秀忠は……父上には遠く及びませんでした」

 

 かくして、徳川秀忠は討ち死にする。

 徳川同士の戦は、信康陣営が勝利を収めたのだった。

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