第26話 天下への第一歩

「織田殿は何をしている……。信吉殿、長次殿、様子を見てきてもらえぬだろうか。」

「無論に御座います。長次、行こう。」

「は。」

 

 二人は大谷吉継の陣を離れた。

 

「……まさか織田殿……。ならば、あの二人をやったのは正解やもしれんな。」

 

 大谷吉継は織田秀信を心から信用した訳ではなかった。

 軍議の時、小早川に対して銃撃をするという発言。

 そこで怪しいと感じたのだ。

 織田家の再興を願うのならば、武功を上げるのが一番。

 その恩賞として所領を貰えば良い。

 だが、秀信が提案したのは様子を見て、小早川に銃撃を加えるというもの。

 その役目では武功を上げることは不可能である、

 小早川への抑えとして既に大谷勢が陣取っているのにその策を進言する事に違和感を覚えたのだった。

 

「……だとすれば時既に遅し、か。」

 

 もはや大勢は決した。

 が、秀信が東軍に寝返り、小早川と共に三成本陣を狙うのならば防ぐ手立てが無い。

 

「皆に伝えよ!何が起きてもここを動くなと!」

「はっ!」

 

 

 

「叔父上達は何故こちらへ?」

「お主が動かぬからじゃ。大谷殿はいつ動くのかと気にしておいでだ。」

 

 秀信が狼煙を見て兵を動かそうとしたその時、陣に信吉、長次の兄弟が現れた。

 秀信は叔父達のその発言に顔を歪ませた。

 

「気にしておいで、だと?」

「あぁ。小早川を……。」

 

 信吉が言いかけると秀信は刀を抜いた。

 その秀信の勢いに信吉は思わず尻餅をつく。

 が、長次が間に立ち塞がる。

 

「な、何を……。」

「叔父上達は誰の子か。」

 

 その質問に、二人は答えない。

 

「気にしておいでとはどういうことか!それが天下人、織田信長の子である、織田家の人間の言う言葉か!」

 

 秀信は刀を向ける。

 

「ひ、秀信。落ち着け。どうしたというのだ。この長次が話を聞こう。何でも申せ。な?」

「……私は気付いたのだ。天下は、豊臣の物でも、徳川の物でもない!この織田信長の孫である、織田中納言秀信の物だとな!」

 

 秀信はジリジリと二人に詰め寄る。

 

「叔父上達は、いかが致しますか?私はこれより小早川殿と共に逆賊三成を討ち果たしまする。もし、ついてくるのならば……。」

 

 秀信は近くにおいてあった餅を刀の切っ先に刺した。

 

「その覚悟の証としてこれを食べよ。ついてくるのならば相応の立場を約束しよう。」

「か、勝てるわけが無い!」

 

 すると尻餅をついていた信吉が口を開いた。

 

「家康を討ち、三成を討てても、残った西軍諸将が黙っている筈が無い!死ぬぞ!考え直せ!」

「……言いたい事はそれだけか?」

 

 秀信は餅のついた切っ先を信吉の目と鼻の先に持ってくる。

 

「待て!」

 

 すると長次は刀を掴み、そのまま餅を食った。

 手から血を流し、口からも血を流している。

 血を拭いながら長次は喋る。

 

「……俺は乗ったぞ。面白い。織田の天下を再びか。策はあるんだろ?秀信。」

 

 長次の問いに秀信は頷く。

 

「……兄上。覚悟を決めましょう。」

「叔父上。」

 

 二人が詰め寄る。

 すると、信吉は自分の頬を思いっきり叩いた。

 

「良かろう!長次!陣に戻れ!お主は兵を率いて秀信の攻撃に合わせて大谷殿の陣を攻めよ!儂はここに残って秀信と共に戦う!」

「……何故兄上が戻られぬのですか?」

「さっきまで日和ってた儂が戻っても秀信が信用出来ぬだろうが!こうなった以上は人質としてここに残る!もし長次が約束を違えれば儂を切れ!秀信!」

 

 そう言うと二人は笑った。

 

「な、何を笑っておる!」

「いえ、兄上がそこまでの覚悟をお持ちだったとは。おみそれ致した。」

「私も、叔父上達に無礼な振る舞いを、お許し下され。」

 

 秀信が頭を下げる。

 

「良い。秀信。向こうで待っておるぞ。兄上を宜しく頼む。」

「はい。」

 

 織田信吉は関ヶ原の戦いで討ち死にせず、逃げ延びた。

 反対に長次は討ち死にしたという。

 この二人がどういった思いでこの大戦に望んだのかは分からないが、長次が兄を思い、敵を足止め、信吉は弟を信頼したからこそ、生き延びたのかも知れない。

 

「よし、行くぞ!織田家の天下はここからだ!かかれ!」

 



「やはり、か。」

 

 松尾山から小早川勢が駆け下りてくる。

 そして、横からは織田勢。

 突然の敵襲にもはや大谷勢はなすすべは無かった。

 

「しかし、東軍は負けるぞ。秀信殿。何故裏切った……。」

「殿!信吉様の兵、五百までもが内応!すぐそこまで迫っております!」

 

 伝令が駆け込んでくるとその後ろから先程まで味方であった兵がなだれ込んでくる。

 伝令が斬り殺される。

 

「くっ!殿!お逃げを!」

「……もう良い。ここで討ち死のう。」

「……大谷吉継!」

 

 すると、敵の中から長次が現れる。

 

「長次殿……。」

「申し訳無いが、これも織田の天下の為。ここで死んでもらおう!……と言いたいが。」

 

 長次は刀を下ろす。

 

「我等と共に三成を討ち果し、織田家の天下のために力を振るうというのならば、話は別じゃ。」

「……織田家の、天下……。成る程。秀信殿は最初からそれが狙いだったのか……。」

 

 吉継は刀を抜く。

 

「面白い。おやりなされ。秀信殿ならば或いはあるやもしれぬ。……が、我が友、石田治部少輔三成を裏切る事は決して無い!もし、織田家の天下を望むのならばすべて乗り越えてゆけ!皆の者、奴らを決して通すな!」

「……かかれ!」

 

 長次の声が響く。

 それとともに兵達が一斉に仕掛ける。

 大谷吉継の兵も必死に奮戦するが、多勢に無勢。

 長次の兵の刃は大谷吉継に届いた。

 

(織田家の天下……か。)

 

 大谷吉継。

 石田三成の友として関ヶ原に望み、死ぬ。

 享年四十二とも、三十六とも言われる。

 豊臣秀吉に百万の大軍を指揮させたいと言わしめた名将は、ここに討ち死にした。

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