第21話 鬼の戦

「どうやら、隙が出来たな。」

「伯父上。行きますか。」

 

 島津義弘は頷く。

 義弘は元々立花宗茂とともに徳川本陣を狙う役目を担っていた。

 

「あぁ。だが、狙うのは家康の本陣ではない。」

「では?」

 

 義弘は刀を抜き、秀忠の陣へその切っ先を向けた。

 

「徳川秀忠よ。立花殿に我等は秀忠を狙うと伝えよ!そちらは当初の予定通り頼むとな!」

「はっ!」

 

 伝令はすぐさま駆け出してゆく。

 史実では、義弘は西軍劣勢と見るやいなや家康の眼の前を通って敵方へ向け撤退するという行動に出た。

 この行動は後に島津の退き口と語られることになった。

 

「行くぞ!秀忠を討ち取れ!」


 軍を動かし、隙を縫って秀忠本陣に近付く。

 が、それを阻もうとする者がいた。

 

 

 

「ん?あれは……。」

 

 水野勝成の視線の先には丸に十字の旗印。

 島津の旗印があった。

 

「ほう、どうやら秀忠様を狙うようだな。」

 

 勝成は家康から自由に動けと指示を受けていた。

 この鬼日向と言われた将、家康は下手に指示を出すよりも自由に動かせた方が良いと判断したのだ。

 

「行くぞ!相手は鬼島津!この鬼日向が相手となろう!」

「ほう、相手は音に聞こえた鬼日向!じゃが狙いは秀忠の首よ!蹴散らしてくれるわ!」

 

 鬼日向と鬼島津がぶつかる。

 

「かかれ!薩摩隼人の武を見せよ!」

「ここが正念場ぞ!決して通すな!」

 

 鬼島津の勢いは凄まじく、勝成の軍は徐々に押されていく。

 が、勝成も負けじと留まる。

 

(ここで島津を通せば必ずや秀忠様は崩れる。決して通す訳には行かぬ!)

 

 鬼日向と呼ばれ、戦場での武功が目立つ勝成であったが、史実では交渉によって敵を寝返らせたり、所領を良く統治したりなど、只の戦好きと言う訳では無い。

 が、島原の乱でも齢七十五で参陣するなど、やはり戦好きなのかもしれない。

 

「鬼同士の戦とは面白い!この井伊の赤鬼も混ぜさせてもらおうか!」

「ぬ!?井伊だと!?」

 

 鬼日向と鬼島津の戦場に井伊の赤鬼こと井伊直政が現れる。

 

「井伊様!宇喜多勢は!?」

「忠吉様に軍の指揮を任せ、我等は少数精鋭の手勢を率いて参った!勝成!助勢するぞ!」

 

 直政は、島津が秀忠の陣を狙う動きを見せたことでこのままでは総崩れの恐れがあると感じ、主兵は松平忠吉に任せ、水野勝成の加勢に来たのだった。

 まさかの敵の援軍に島津義弘は策を変えざるを得なかった。

 

「豊久!これでは秀忠の陣には辿り着けん!このまま鬼を退治しようぞ!」

「鬼が鬼退治ですか!面白い!やってやりましょう!」

 

 

 

(最早この戦、勝ち目は無い、か。)

 

 兵を指揮しながら直政は思った。

 

(例え小早川が寝返ったとしてもこの大勢を覆すには至らない。ならば、退路を確保することこそ寛容だ。)

 

 直政は南宮山の南に陣取り、福島勢と争う秀忠の陣と桃配山に陣取り、今にも真田勢とぶつかりそうな家康の本陣を見比べる。

 

(最も危ういのは秀忠様か。されど、退路として確保しやすいのは家康様の方。……家康様の方には忠勝殿がおる。ならば、儂は秀忠様をお救いしよう。)

 

 直政は振り返り、織田の旗を見る。

 

(ここまでが全て策の内か……。恐るべし、織田秀信。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る