第1話 早朝の月見家
月見草の朝は早い。
目を覚まして枕元の時計を見るときっかり六時を指していた。
いつも通りの起床だ。
顔を洗って歯を磨くと、牛の角のようにはねている右側頭部に水をつける。
治した側からぴょこんと立ってなかなかに厄介な敵である。
髪質と戦うこと十分。どうにかはねた髪に勝利し、いつも通りの黒髪ショートカットが完成した。ふむ、悪くない。
それからキッチンに向かい朝ごはんの準備を始める。
パンをトーストで焼き、昨日作っておいたスープを温め直し、ゆで卵と野菜でサラダを作る。三十分ほどで朝食を作り終え、机に二人分を用意した。
するとちょうどそのタイミングで扉が開く音がした。
「おはよう、兄さん」
ややうつらうつらした様子で黒髪の少女が出てくる。
髪は肩あたりまであり、大人びた顔立ちである。
「おはよう一華。朝ごはんできてるから準備しておいで」
草は一華にそう促すと食卓に座り、壁に掛けてあるカレンダーを見やった。
あの反乱、巷では起こった日にちなんで、九・二五反乱と呼ばれているが、あれからもう半年が過ぎようとしていた。
反乱終結後は、復旧作業などもあって、しばらくは隣町の外れにある廃ビルで生活していた。だが、町は人間と機械の手によって整備されていき、一部損壊した我が家もリフォームがなされた。
正直、以前住んでいたときよりも住み心地がましている。
そして、その復旧とともに少しずつ日常生活が営まれるようになり、いまでは完全に反乱前の姿を取り戻している。
学校も再開し、再び日常に引き戻され、日々を送っている。
しかし、反乱前後で大きな違いがあった。
草や一華はそこでこれまでとは一風異なったつながりを得た。そして、その関係はいまも続いている。
カレンダー。そこに彼らと会う予定がいくつも書き込まれているのだ。
「どうしたの?」
気づけば一華が目の前に座っていた。不思議そうな顔で草を眺めている。
「いいや、なんでもないよ。食べようか」
一華もそれ以上そこに追求することはしなかった。手を合わせて、それからご飯を食べ始める。
味は申し分ないだろう。一華もお気に召したようで、ニコニコしながら食べている。見た目は大人っぽいが、ふとした時に中学三年生という年相応の顔をする。それはとても微笑ましい。
「あっ、そういえばさ、お兄ちゃん」
唐突に一華からそう切り出される。
「あやめちゃんの退院祝いの準備なんだけどさ、進んでる?」
その問いに、僕は笑顔で頷いた。
一華の口から名前が出た少女、霞あやめは草や一華の幼馴染だ。
幼い頃から心臓が弱く、入退院を繰り返していた。
反乱の時は一時的に入院中であり、一時的に廃ビル生活を送る一員になったりといろいろあったが、現在は病状も快方に向かってきており、ちょうど今月の末に無事退院できるはこびとなったのだ。
そのため、ネイチャー総出でお祝いの準備をしているわけである。
「ごめんね。私があまり手伝えなくてさ」
一華はバレー部と生徒会の活動に大忙しで、さらに今年は受験もあるのでなかなか時間を作れないでいた。
その点、草は帰宅部であり、毎日のように学校終わりに廃ビルへ出向き、あやめの退院祝いの計画を着々とすすめていた。
「大丈夫だよ。それより、ちゃんと寝てるか。昨日も夜遅くまで勉強してたようだけど」
「うーん。どうしても分からないところがあってね。十二時くらいまでやってた」
「そっか。あんまり無理しすぎないようにな」
一華はこくりと頷くと、草の顔をじーっと見つめる。
時折、一華は無言でこういった行動を取る。しかし、草はあまりその真意がわからないでいた。
「そ、それじゃあそろそろ準備して行かないとな」
だからいつもふいと視線と話を逸らしてしまう。すると一華はほんの少しだけむすっとした顔をするのだった。
こういうとき、どうすればいいのか。
それは草にとって長年の課題である。制服に着替えながら考えてみたが、いつものよに全く妙案は浮かんでこない。
「父さん、母さん。一体どうしたらいいんだろう」
リビングの隣部屋の和室にある仏壇で手を合わせながら、そう漏らす。
しかし答えは当然返ってこない。
これは自分で乗り越えなきゃ行けない試練なのだろう。いっそのこと、一華に聞いてしまうべきか。だが、それではだめな気がするのだ。
「うーん、悩ましいな」
そうして頭を悩ませながら、草は家をあとにした。
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