第38話 亀兎、帰還する。


 これでは街に辿り着くのに時間が掛かり過ぎる。どうすれば良い。


 走りながら考えを巡らせる。俺に使えるスキルを上手く使えばどうにかできるはず。そんな気がするのに、思いつかない。


 石を飛ぶか。それなら獣人化してっと、今じゃない!



「おわっ、と、獣人化解除!」



 獣人化した瞬間、ギリギリ石に手が届いた。手が届かなければ命が危なかった。だけど今ので手掛かりは掴んだ。石の上でふぅっと息を吐く。


 拡大。


 大きくなりながら前足を持ち上げる。水に入らずに足を上げ続けるには限界がある。後ろ足がぷるぷると震える。だけどここが頑張り時だ。


 川の三分の一くらいのところにあった大きな石に前足が落ちる。これで川を増水させずに前に進むことができた。ここからは前足に力を入れる。


 縮小。


 身体のサイズを小さくする。後ろ足の力を抜いている状況にあれば、必然的に力が入っている前足側に身体が縮む。この要領で進んでいけば向こう岸は近い。


 この移動方法を三回繰り返すと、ようやく街に辿り着いた。


 獣人化。



「ふぅ……よし」



 獣人化して街を走る。街を見回しながら駆け抜ける。川の近くには誰もいない。人の気配すら感じない。川に流されたわけでなければ、全員助かっている可能性もある。



「宰相補佐!」



 王城が近づいてくると、王城の門から誰かが駆け出してきた。誰か、なんて言っても声を聞けば誰か分かるんだけど。



「宰相!」



 ミズキの後ろには街の人たちと兵士の姿が見える。無事を確認して抱き着きたいところだけど、今は我慢だ。



「宰相補佐、無事でしたか」


「はい。みんなの森の生き物たちもほとんどが無事です。街の方は?」


「街の住民もほとんどが無事です。病院や教会にいた者の搬送も全て完了し、自力で避難した者、援助を受けて避難した者も避難の意思があった者は全員無事ですよ」


「そうですか」



 どんなに避難を呼びかけても、逃げない者はいる。災害を舐めている者、その場所を死に場所と決めている者。事情はそれぞれだ。それは非難されるべきものではない。


 避難をするかどうかは自分の意思で決めれば良い。ただし自分が避難しなかったことで悲しむ者の顔を思い浮かべた上で決断するべきだとは思うが。その上でその者たちのためにも自分のためにも避難の必要がないなら。それは逃げなくても誰かに文句を言われる筋合いはないと、俺は思う。



「避難所は王城と宰相の屋敷の敷地を利用して設立します。これからその調整と炊き出しの計画を国王陛下と会議します。宰相補佐も同行していただけますね?」


「承知しました」



 ミズキは無表情のまま口の端を持ち上げた。ちょっと面白いと思ってしまったことは気が付かれないように心の中に押し込もう。


 街のうさぎたちに声を掛けられながら、ゆっくり王城に進んだ。途中で見かけたパン屋の深紅の瞳の少年とその友達は満面の笑みで手を振ってくれた。後でゆっくり話をしに行こう。お礼もしたいから。


 王城の中に入ると、王家の使用人たちが災害用の備品の搬出作業を行っていた。その間をすり抜けて二階に上がると、そのまま謁見室で国王陛下と皇太子殿下と謁見した。


 街の人たちの避難所をそれぞれ割り振って、炊き出しの担当者を決定。それから物資の分配や街の復興計画について話を詰めた。


 俺が帰るまでの間にミズキが考えておいてくれたものがほとんどそのまま採用されて、思った以上にあっさり終わった。ミズキの案には街のうさぎたちの体調まで加味されていた。


 誰が身体のどこが不自由か、誰と誰は一緒の部屋にしてはいけないか。それらをなるべくすり合わせた計画。街に出てその様子を見続けて来たミズキにしかできないことだ。


 会議が終わると、国王陛下が先に謁見室を退室した。残った皇太子殿下は、俺を一瞥すると頭を深々と下げた。


 正直偉い人にそんなことをされたときの対処法なんて分からなくて固まった。だけど謝られる心当たりはあるから黙って受け入れる。



「我はカメト殿が欲しかった。既成事実を作るきっかけを得るためにカメトを捕縛した。それはカメト殿は分かっていただろうか」



 皇太子殿下の質問に俺は頷いた。あれだけ夜の訪問を受けていればきっとそうなのだろうとは思う。まあ俺より年若い者が考えることだ。地位は関係なく、多少の過ちは許されてしかるべきだろうな。



「俺は皇太子殿下を許します。俺も牢屋を破壊したことを許していただきましたから」


「そうか。ありがとう」



 皇太子殿下は柔らかく微笑む。そしてミズキを一瞥すると、そちらにも深々と頭を下げて退室した。斜め前から感じる不穏なオーラには気が付かないふりをしておいた方が良いかな。


 俺の分も怒ってくれている相手に対して宥めるのは失礼だろうから。それに、内心では胸が温かくなっている。


 もし皇太子殿下との間に何かがあって、後宮に押し込められることになったら。その可能性がなかったとは言い切れない。皇太子殿下は許しと怒り、両方を適量ずつ受けることで成長できるはずだ。


 それを一人でやってのけたのが国王陛下だ。俺にはあのやり方は難しい。



「ミズキ」



 俺が声を掛けると、ミズキは振り向いてくれた。


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