第36話 亀兎、神の真実に触れる。
書物でだけ知っていた場所。神の木が周囲を守ると言われている広場だ。神の木は獣人が近づくことを拒むと噂があって、誰もこの辺りには近づかない。
「落ち着くまではここにいろ」
「分かりました」
ここまで連れて来られてしまえば抵抗できない。ここに来るまでの景色は全ての色が流されて横線に見えていた。帰り道を覚えるなんて無理な話だった。
馬から降りると、もふもふした柴犬っぽい犬と白い狐が寄ってきた。そのもふもふな毛並みに見惚れて、つい触りたくなった。だけどミズキと出会ったときのことを思い出して首を振って我慢する。警戒されたら困る。
「あんた、名前は?」
犬に聞かれて、俺はしゃがんで視線を合わせた。
「亀族のカメトです。今はラビアスで宰相補佐をしています」
「へぇ」
「あ、ちょっと。犬の守護者が失礼をしました。私は狐の守護者です。うさぎの国にいる亀族とはあなたのことだったのですね。神様がお呼びです」
聞いておいて興味がなさそうな犬から引き継いで、狐が俺を先導するように歩き出した。犬はふわっと欠伸をして群れの方に行ってしまう。自由なやつだ。
とりあえず狐について行くと、神の木の前で狐がちょこんと座った。それに倣って隣に正座すると、神の木がそよそよと揺れた。その静かながらも存在感のある音に、広場中の動物たちが動きを止めてその場に座った。
「お久しぶりです、鶴岡亀兎さん。いえ、カメトさん」
透き通った少し高い穏やかな声。鼻にかかるようなところに聞き覚えがある気がする。
「覚えていらっしゃいますか? 死神です」
「え、死神さん?」
死神さんと言えば、俺を間違えて殺してこの世界に送り込んだ張本人だ。
「死神さんって神の木に住んでるんですか?」
「まあ、別荘みたいなものですね。拙者はどこの世界にも別荘を持っていて、そこから生命の数を数えているんです。創造神が生まれさせた分、世界の調和を保つために殺しています」
「世界の調和、ですか」
確かに数が増えれば調和が乱れる。間引きは農作物を育てるうえでも必要なものだ。栄養の偏りは農作物の育成に影響を与えてしまう。
「はい。創造神と比べれば嫌われ役ですが、必要な仕事だと認識しています」
死神さんは姿を現さない。だけどその声がどこか寂し気に聞こえたのはきっと聞き間違いじゃない。
「受け入れられるかと言われれば受け入れ難いですけど、必要性については理解できます」
死神さんは息を飲むと、そのまま黙りこくってしまった。それならこちらから話を切り出してしまおう。
「この世界で定期的に、分かりやすく順序立てて発生する洪水は自然災害を装った死神さんの仕事ですか?」
しばしの沈黙。周りの動物たちは石にでもなったのかと思うほど静かで、ピクリとも動かない。広場には俺の声と死神さんの息遣いを思わせる静かな風が吹く。
「はい。拙者が設定した定期的な間引き作業です。ですがこれも完璧ではありません。嵐の発生条件が全て満たされると、その回数に応じて各国で洪水が起こる。その設定自体に問題はなくても、その国の民が学ばないと間引く数を制御できないんです」
どこか冷徹で狂気じみた言葉。それをするために生まれた存在としてその行動に躊躇いはなさそうだ。我慢ならないのは思惑通りに動かない民に対してか。
「民に学ばせるために俺を送り込んだんですか?」
「はい、それはもちろん。ちょうど良い魂がなかったので創造神の目を盗んで書類の改ざんまで行って。根回しは大変でしたよ」
森の動物たちがこぞって慕う神の木に宿る神の本性はこれだ。俺はたまたま偶然、間違って殺されてこの世界にやって来たわけではなかった。死神さんによって意図的に殺された。
とはいえそれを聞いても怒りは湧いてこない。流石に殺された直後ならブチ切れて創造神に生き返りをするよう詰め寄ったかもしれない。だけど今の俺には、あの世界では出会えなかった大切なものがある。
「勝手ですね」
「死神ですから」
「死神は理由にならないでしょ」
ついため息を吐くと、死神さんは楽しそうに笑った。やっぱりこの神は狂ってる。だけど誰かを殺し続ける仕事をして、狂わずにいられるだろうか。それがたとえ神でも。
「カメトさんの働きには感謝しているんです」
「それはどうもありがとうございます」
「ふっ、その代わりといってはなんですが。一つ追加で能力を与えましょう」
「能力ですか」
今持っているのは獣人化とフォルムチェンジ、それから言語理解。どれも助かるけれどどこか使いにくいものという印象だ。
「この能力を持つことは天国か地獄か。同じ能力を持つ拙者からすれば地獄のような日々を過ごすことになりますが」
「それなら嫌です。いりません」
「本当に? カメトさんも一度は望んだことがあるでしょう。不老不死という存在になることを」
「不老不死、ですか」
不老不死になれば、いつまでもこの国のために生きることができる。ミズキが願う世界を作ることができる。それは決して悪いことではないし、願ってもない話だ。
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