第29話 亀兎、行き詰まる。


 2人で仕事以外の話をしながら食事をした。ミズキが全く仕事の話を振って来なかったのは、きっとお互いに一日中仕事詰めだったから。ミズキの気遣いが、疲れた頭には有難かった。


 食事を終えると、ミズキと一緒にまた書斎に戻った。けれど書物を読む気になれなくてついため息を吐いてしまった。



「カメト、これまでに分かったことがあれば、些細なことでも報告してくれ」



 慌てて立ち上がってミズキの机の前に向かう。ミズキは開きかけていたノートを閉じて机の端にずらして俺を見上げた。



「うん。まだ全ての国の書物を読むことができたたわけではないんだけど、嵐が来る前に対策をして被害を最小限に抑えていた国が三か国あった」


「三か国?」


「嵐の発生地点に近いゴートルとバーズ、それからラビアスの隣国ホースラント。その内ゴートルとバーズは経験則から嵐を予知していたみたいだけど、ホースラントは違う。ゴートルとバーズから嵐の発生を聞いて、その度に国民の避難をさせていた」



 ミズキはハッと目を見開いた。俺はそれを可能にした理由についてまで話す必要はなさそうだ。



「そうか。たしかホースラントはゴートルとバーズと高頻度、不定期の交易を行っていた。交易商のルートから情報を得ることは可能か」


「対してラビアスは年に一度。それでは情報を定期的に得るには不都合。だけど急に交易を始めたら民の反発は免れないだろうね」


「ああ。それにもう洪水の時期だ。今から交易を申し出ても、今年発生するかもしれない洪水には間に合わないだろう。民や相手国の同意を得られるまでは、どのみち私たちが予兆に気づく他ない」



 ミズキは顔を顰めると、はぁと深いため息を吐いた。



「それに問題はそれだけじゃない。通訳だ」


「通訳?」


「ああ。うさぎ語を話せる者は国外にほとんどいない。同様に国内にも他国の言語に長けている者はいないに等しい」



 確かに交流がない国の言葉には必要を感じないだろうし、書物も市場に出回っていないから覚えようとも思わないだろう。



「しばらくは俺が担当しようか? 俺ならある程度他国の言語を使えるし」


「そうか、カメトなら。しかし後継者の育成をどうするかだな。カメトは理解し話し、書くことができる。でもその言語の形や音を認識することはできないだろう?」


「それなら、書物に俺が読んだ通りに訳文を書いてくれる者がいれば筆談はどうにかクリアできる。ただ、やっぱり発話は難しいね。その国の人の発音のデータが手に入ればまた違うけど」



 ミズキは腕を組んで天を仰いだ。洪水の予測も、交易の開始も。どちらも一筋縄ではいきそうにない。


 こういうとき、ラノベで読むような俺強えって人たちならどうにかしちゃうんだろうけど。俺にはそんな力はない。同じ転生でもここまで違うと少しへこむな。



「ひとまずこの件は国王陛下に奏上してみる。その返事を待って考えよう」


「分かった。じゃあ今はとにかく、これの解析が先だね」


「ああ。悪いな。大変な役回りを任せてしまって」



 眉を下げられてしまうと、俺の方こそ大したことができなくて申し訳なくなる。それに、俺にとってはこの仕事はやりたくてやっている仕事だ。この国のために、ミズキのためになるなら、多少の苦労は甘んじて受け入れる。



「ミズキだって働き詰めでしょ。よし、日付が変わる前まで頑張ろう。変わるときにはベッドに入っていないと、明日頑張れないからね」


「ああ。そうだな」



 ミズキは小さく笑うと、さっき退かしたノートを開いた。俺も自分の机に戻って書物を開く。今日中にあと三冊は読破してやる。少しでも早く読破して、洪水が発生するまでに予知の方法を見つけなければ。



「失礼します」



 侍女長さんが淹れてくれたハーブティーで目を覚まさせる。落ち着く香りなのに頭がすっきりして、どんどん情報が頭に流れ込んでくる気がした。


 侍女長さんが度々淹れに来てくれるハーブティーを飲みながら、ミズキと黙々と書物に目を通した。


 どれくらい時間が経ったのか、侍女長さんが置いて行ってくれたハーブティーの味が変わった気がして時計を見た。もう日付が変わりそうでミズキの方に顔を向けると、ミズキの姿がない。



「ミズキ?」



 気が付かないうちに部屋を出て行ったのかと思ったけれど、呼吸の音が聞こえる。侍女長さんが部屋を出て行ったばかりの今、俺以外の呼吸の音がすればそれはミズキのものなはず。


 静かにミズキの机を覗き込むと、ミズキがノートを開いたままの机に突っ伏して寝息を立てていた。



「ミズキ、起きて。ベッドで寝よう?」



 声を掛けても、軽く揺すっても、ミズキは起きる気配がなかった。とはいえ俺の力ではベッドまで運んであげられない。とりあえずブランケットを掛けてあげようとしたとき、ガチャリとドアが開いた。



「失礼します」



 侍女長さんは、唇に人差し指を当てながらこちらにそろそろと歩いてくると、ミズキの首裏と膝裏に腕を当てた。そのままひょいっとミズキを姫抱きにすると、ミズキの寝室に向かった。その姿に唖然としてしまう。


 話に聞くより、実際に見た方が衝撃が強い。


 ただポカンとしていたけど、侍女長さんがドアに苦戦していることに気が付いた。慌ててドアを開けると、侍女長さんは微笑みだけで感謝を表した。軽々と運ばれていったミズキがベッドに寝かされると、侍女長さんは今度は俺を寝室まで誘導してくれた。



「おやすみなさいませ、カメト様」


「おやすみなさい」



 俺の寝室のろうそくを吹き消して出て行った侍女長さんを見送って、俺も筋トレをしようと心に固く誓った。


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