第27話 亀兎、膨大な書物と戦う。
数日の後、各国から偵察部隊が帰国した。各国で調査した結果をまとめたノートやそこで入手した書物が宰相の屋敷に集められた。
俺は昨日の夜からその解析に回っていた。夜に王城に呼ばれていたミズキは、今日もみんなの森の調査から戻り次第、昼前頃から解析をしてくれることになった。
なにせノートよりも各国で入手された書物の量の方が多い。辞書と照らし合わせる必要があるミズキより、全て日本語に変換されて読める俺の方が適任だった。森の調査も、歴の長いミズキがやる方が良いことは火を見るよりも明らかだ。
「ゴートルでは山が静かになると嵐の前兆とされ、洞窟や洞穴に逃げ込むこととされている。バーズでは轟音が聞えたら嵐の経路の南へ逃げるように言われている、か」
日が昇ってからぶっ通しで読んでいたから、一度休憩。すっかり冷めているけれど、侍女長さんが淹れてくれたハーブティーを口にした。香りに癒される。
書物を読んでいるとどこかで聞いたような話から、初めて聞く話まで。言い伝えや実際の調査記録が入り混じって記録されている。この中から事実だけを選りすぐってまとめるのはなかなか骨が折れそうだ。
だけど、この作業をしなければラビアスの民やみんなの森のうさぎたちを洪水の被害から守ることができない。
ひとまず北方にある国の書物から一冊ずつ選んで読み進めて、ようやく四冊目を読破した。それだけでもなんとなく分かってきたことがある。
嵐の発生地点に近くて、直接的な被害に遭うのはゴートルとバーズの二国。この二国には嵐の予兆を読み取る術があるけれど、それより南の国にはない。そしてその二国以外は洪水による死者数が例年多い傾向にある。
これは嵐の予兆を察知して非難することができれば、一気に被害を減らせることを示していると言える。だけど問題は、どうやって予兆を察知するのか。それからどこに、どうやって非難するかだ。
ラビアスには洞窟や洞穴のような非難に適した横穴はない。地下は浸水の恐れがあるから難しいだろう。それにこの予兆をみんなが信じてくれるのか、信じた上で避難まで行動を移してくれるのか。それは大きな問題だ。
実際問題、俺が鶴岡亀兎として生きていたときも津波警報が鳴って避難する人としない人に二分された。仕組みに民が協力してくれなければ、全員の命を守ることなどできない。
それを考慮した上で俺たちにできるのは、一人でも多くの生きたいと思ううさぎを安全なところに誘導して守る手段を考えることだ。選択肢を作らないと、助かる命を助けられない。
「頑張らないと」
とにかく他の国からその手段のヒントを得られないか、それを見つけなければ。
「よっしゃ、続きやるか」
次はピグレシアだ。一番分厚い本を選んだから、これは苦労しそうだ。
「失礼します」
ノック無しに入ってきた侍女長さんは、静かにハーブティーのおかわりを淹れてくれた。ふわりとカモミールの香りがした。
「ありがとうございます」
「いえいえ。私にはこれくらいしかできませんから」
「そんなことはありませんよ。一つ、聞いても良いですか?」
「はい?」
俺はどうしても知りたいことがあった。ミズキがいないときに、ミズキのことで知りたかったこと。
「ミズキには、その、今まで恋人っていましたか?」
「あら? あら? あらあら、まあまあ」
侍女長さんはニヤニヤと笑う。ゆったりと口元を隠すと、窓の外に視線を送った。
「そうですねぇ。どれだけ思い出そうとしても、思い出せません。そんな相手どころか、友人がいた記憶もありません。坊ちゃまはカメト様と出会うまで、私以外のうさぎを信用することもありませんでした」
「そう、だったんですね」
「前にもお伝えした通り、孤児院に来てすぐに私がお世話を担当しましたから。母代わりである私は信用して頂けたようですね」
侍女長さんはふわりと笑う。その表情は母親らしい顔に見えた。
「ですが坊ちゃまは周囲から疎まれてきましたから。他人へ何かを求めることを諦めていました。そんな坊ちゃまがカメト様には執着している。私はそれが嬉しくて堪らないのです」
侍女長さんはそう言うと、唇に人差し指をちょんっと当てた。白いふわふわした耳がぴょこぴょこと動いている。
「坊ちゃまがお帰りになられたようです。お出迎えに行って参りますね」
侍女長さんは俺に頭を下げて書斎を出て行った。何においてもミズキファースト。俺はその姿勢を尊敬している。
「よぉし。流石にやろうか」
ミズキが俺を必要としてくれていることは分かった。でも、それは俺がその気持ちに報いることができなければどうなるか分からない。俺は俺ができることを、全力でやるしかない。その第一段階として。まずはこれを読み解こう。
気合いを入れてピグレシアの書物を開く。タイトルを見て、次のページを開いた瞬間、思わず書物を閉じてしまった。
「嘘だろ」
恐る恐るもう一度開く。するとやっぱり大量の絵とところどころに書かれた文字が並んでいる。
「まさかマンガだったとは」
マンガなら読むために必要な労力はグッと減る。楽になったならまあ良いか。そう考え直して、この書物にも目を通し始めた。
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