第24話 亀兎、発見をする。
ミズキはそのまま書架の方に向かうと、分厚いファイルを手に戻ってきた。
「これは歴代の世界地図です。情勢の変化ごとに作り替えられているとはいえ、タートランドがあった頃は他の種族が亀族が統治する国に領地を持っている状態だったと言われていて、その頃の地図はほとんど変わっていません」
「なるほど。ありがとうございます」
さっきまでのことはなかったかのような自然な振舞い。表情も全く読めない、外用の顔。俺もそうしなきゃと思うけど上手くできそうにない。こうなったら仕事に集中するしかない。昔も仕事に集中している間は悩みについて考えなくて良かった。
タートランドの頃から現在までの地図をパラパラと捲りながら比べていく。国の名前も念のため確認するけれど、今気になっているのは地形の変化。主には川の流れの変化だ。
洪水が起これば川の流れや形が少なからず変化する。機械がないこの世界でどこまで正確な測量が行われているのかは分からないけれど、伊能忠敬くらい緻密な地図を見ていたらこれが正確なものな気がしてくる。
「宰相補佐、何が気になっているのですか?」
「洪水のヒントがあるかもしれないと思いまして」
「洪水のですか?」
「はい。ミズキの話を聞いて、地図を見て思ったんです。いくら書物で言い伝えられていても、それだけでは気が付けないことが地図に記されているかもしれないと」
ミズキは目を見開いた。盲点だったとでも言いたげな表情に、少しは役に立てた気がして誇らしく思えた。とはいえ、ここから何を読み解けるのかが大切だ。
何度も地図を捲り直して地形の変化を辿る。ラビアスの周辺だけじゃなくて他国の周辺も。特に上流に位置する国の地形の変化には注視した。
「あ」
こうして捲るのは何度目だろう。ラビアスが地形が変わるほどの洪水の被害に遭う前。その前に必ずキャッタリナでも同規模の洪水が起きている。
今度は書物で確認してみれば、最も上流に位置するゴートルから順に、バーズ、ベアルス、カウロッテとピグレシア、キャッタリナ、そしてラビアスへと洪水が発生する位置がズレてきている。それはさらに下流の国でも連鎖するように発生しているらしかった。
「三年から五年の間に、どこの国でも洪水が起きているんです。恐らくみんなの森でも」
「つまり、他国で洪水が発生することがラビアスでも洪水が発生する兆しだということですか?」
「おそらくは。さらに、最初の発生地点であるゴートルでは、夏前には頻繁に嵐が発生するそうなんです。その回数が重なるほど」
「下流の国で洪水が起こるということですか」
「そのようですね」
自然の現象がここまで法則的に解明できて良いのだろうかと不審に思う気持ちがないわけではない。だけどこれが一つの手がかりとなって、さらに正確な法則が見つかれば良い。
「貴重な意見です。早急に他国の詳細な情報収集を行わせましょう」
「ありがとうございます」
多分、俺にできることはここまでだ。調査をして裏取り、発表までするのは宰相の仕事。
「それでは、私は密偵部隊長の元へ行ってきます」
「密偵部隊ですか?」
「はい、他国の者を忌避する兆候のある世界ですから。非定期的な仕事の場合には密偵を得意とする部隊と、彼らが繋がっている情報屋が他国から情報を得るために必要なんです」
「なるほど」
前に公の機会に来国する人もいると聞いた。それは定期的なものなのだろう。そうでもなければ使節の人の安全を確保することすら難しいのかもしれない。
「宰相補佐はここで待っていてください」
「分かりました」
図書館を出て行くミズキを見送る。時間を潰しがてら何か本を読んで勉強しておこう。屋敷の外ではミズキからなるべく離れるなと言われているから、こうして一人にされるとどうしていたら良いのか急に分からなくなる。
「ずっと独りぼっちだったくせに」
「そうなのか?」
背後から声を掛けられて肩が跳ねる。ミズキじゃない、キャラメルのような声。甘いけれど形がはっきりしていて、一度捕まったら最後離してはもらえなそう。なんて勝手にイメージしたら失礼かもしれないけど。
恐る恐る振り返ると、ミズキと同じくらいの年の真っ白な毛並みのうさぎの青年がいた。瞳の色はルビー色。俺の衣装よりも丈の長い菊の花があしらわれたチャイナ服風の薄紫色の衣装に、首元には瞳と同じルビー色の石がはめ込まれている。
「えっと、こんにちは」
「ふふっ、いや、失礼したね。こんにちは。君が先日我が国に来たというカメト宰相補佐だね?」
白うさぎの青年は物珍しそうに小さく笑う。異種族というのは珍しいだろう。だけど彼の言う通りそれを顔に出すのは少しばかり失礼だと思う。俺はその感情をおくびにも出さない術を持っているから出さないけど。
「はい。申し遅れました。宰相補佐に任じられましたカメトです」
「うむ。我はラビアスの皇太子だよ」
「こ、皇太子殿下であらせられましたか! これは、大変失礼いたしました」
俺は慌てて膝をついて顔を隠すと、上からカラカラという笑い声が振ってきた。
「よい。面を上げよ。我は今、職務中ではないからね」
「わ、分かりました」
俺が顔を上げると、皇太子殿下は満足げに笑った。この状況で俺はどうするべきか分からない。ミズキ、お願いだから早く戻ってきて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます