第22話 亀兎、慣れに翻弄される。


 翌日、会議は王城の一室で行われた。前世の大学の大講堂くらいの広さの会議室があって、そこにたくさんの議会に所属しているうさぎや上位の職に就くうさぎが集まった。一面耳がぴょこぴょこしている光景だけ見れば幸せだった。


 ただ、異種族の俺に向けられる視線は痛くてその場を逃げ出したくなった。街で浴びたそれより、一層強いもの。俺は強い吐き気を感じたけれど、宰相補佐として、逃げ出すわけにはいかなかった。


 最初にミズキから宰相補佐として全体に紹介されて、国王陛下から直々に国王陛下の承認印が押された契約書の提示が行われた。これによって文句を言う前に何も言えなくなったうさぎたちは俺から視線を逸らした。


 嫌悪されるより、そこにいるのにいないことにされることの方が辛い。だけど今は視線を浴びないことに肩の力が抜けた。


 用意した資料を全員に配って、ミズキの隣に腰かけた。ミズキは元々伸びている背筋をさらに伸ばして、議案の決議を片っ端から行った。俺はただ黙ってその場にいただけ。これでは補佐というより秘書のようだ。


 もっと役に立てるようになって、この場の全てのうさぎに認めさせないと。ミズキのためにも、街の人の役に立つためにも。



「以上で提出された議案の決議を終えます。本日決議された議案はありませんでした。また来月会議を執り行いますが、今追加で発議したい方がいらっしゃれば挙手してください」



 誰も手を挙げない。どこか義務的に参加しているだけという空気。議案もやっぱり私利私欲が見え隠れしたものばかりだ。受動的な議会になんの意味があるんだろう。なんて、どこの馬の骨か分からない亀に言われたくはないだろうけど。



「それでは、本日の会議を閉会します」



 無表情を崩さないミズキの一言で会議が終了して、国王陛下が退席するのを待ってから、みなバラバラと席を立つ。欠伸をしながら、眠い目を擦りながら退席する姿に昔見た国会中継を思い出した。どこもかしこも、こんなものか。



「宰相補佐、どうかしましたか?」



 残された議案書や飲み物を回収していると、ミズキが俺の隣に立った。その顔はまだ外用に無表情が貫かれているけれど、少し疲れているようにも見える。



「何でもないです。それより、お疲れ様でした」


「いえ、会議はいつもこんな感じですから」



 表情を動かさないまま瞳に微かな闇を宿らせたミズキは、ふと窓の外に視線をやった。街を見下ろせる窓から、静かで平和な街の様子が見える。



「あの平和を守るために、頑張らないといけませんから」



 ミズキの若草色の瞳には硬い決意がある。ミズキは宰相になってから、何を見て感じて、街のためにあろうとしているのだろう。



「宰相」



 ミズキにその心情の変化を聞こうとして、ふとその奥の壁に描かれた地図に視線が振れた。ラビアス、バーズ、キャッタリナ、ドクラト。他にも聞き覚えのある国の名前が書かれた地図だ。



「どうしましたか?」


「いえ、あの、あの地図はこの世界の地図ですか?」



 ミズキは俺は指差した先を見ると、ああと声を漏らして頷いた。



「そうですよ。現状の国の配置を描いた地図です。世界地図に変更があるたびに作り替えられているんですよ」


「過去のものはどこかにありますか?」


「本体は焼却されますが、模写ならば王城図書館に納められていますよ。見に行きますか?」



 願ってもない。俺は頷くと、ミズキはサッと部屋を出て行った。突然放置されて戸惑ったのも束の間、俺は片付けの続きを始めた。きっとミズキは図書館に行けるようにしてくれている。それなら俺はミズキが帰って来てすぐに行けるように準備しないと。



「宰相補佐、行きましょう」


「はい」



 ちょうど湯呑みを厨房に片付け終えて会議室に戻ると、ミズキもどこかから戻ってきたところだった。ちなみに厨房では湯呑みを洗っていたら皿洗い担当らしい方に慌てて厨房から追い出された。こちらの世界に存在する線引きや常識に慣れる日はいつになるやら。


 ミズキについて歩くと、城内の至る所で恭しく頭を下げられた。それに対して頭を下げ返すと、相手には鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされ、ミズキは大きく息を吸った。何かを耐えているらしいその行動に申し訳なくなった。


 だけど頭を下げられると条件反射で身体が動いてしまう。身体に力を入れて我慢しようにも、つい頭が下がる。元々ただの平社員。頭を下げることには慣れていても、下げられることには慣れていない。



「ここが王城図書館です」


「ありがとうございます」



 ドアを開けて押さえてくれたミズキに一礼してから王城図書館に足を踏み入れた。宰相の屋敷の数十倍はある面積と高さ。二階建てになっていたそこには無数の蔵書が書架に納められていた。



「カメト」



 思わず目を輝かせた瞬間、低い声で名前を呼ばれて肩が跳ねた。恐る恐る声の主を振り向くと、ミズキが眉間に皺を寄せていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る