第18話 亀兎、料理をする。


 そのままぐっすり眠った俺は、目を覚ますとまだ日が昇っていなかった。二度寝するには眠くないし、起きるか。


 こんなにすっきり起きるのなんていつぶりだろう。小学生の頃以来じゃないか。グイッと身体を伸ばすと、ちょっと背中は痛くて年齢を感じる。



「どうしよっかな」



 とりあえず頭がクラクラする感覚が抜けていることを確認してからベッドを下りた。立って気が付くことは、ズボンの裾が長いこと。ミズキは足まで長いのか。ため息が出る。


 でもまあ、お世話にはなったし。ミズキはもちろん、侍女長さんにもお世話をしてもらった。何かお返しをしたいな。


 部屋から廊下に出た。二人を起こさないように、慎重に、そろそろと忍び足で歩く。ミズキの寝室の前をから離れて中央の階段を下りる。食堂を抜けるとキッチンに到着した。



「朝食でも作ろうかな」



 とはいえここはうさぎの国。やっぱりと言うべきか、これまで食べた食事はサラダとフルーツが中心。野菜スープも出てきたけれど、きっと調理するのはそれくらい。なら俺も何か野菜のスープを作ろうか。


 置かれている調味料はハーブの類と塩コショウだけ。粉末出汁がないから勝手が分からないけれど、できる限りやってみよう。



「れっつ、すたーてぃん」



 まずはお鍋でお湯を沸かす。その間に野菜を千切っては投げ、千切っては投げ。嘘です。ちゃんとお皿に盛り付けてます。


 スープ用にキャベツとニンジン、小松菜らしき野菜を切る。玉ねぎっぽいものがないのは、生産がされていないのか食べられないのか。まあ、無いものは無い。


 沸いたお湯に野菜をどんどん投げ入れて、見つけた肉片も放り込んでみた。何の肉だろ、これ。でもコンソメとかもないし、出汁は取らないとね。あ、昆布発見。いや、合うか分からないからやめておこうか。


 スープを煮込んでいる間に、りんごっぽい野菜を切る。種を除いて、ちょっと気が向いたからうさぎ型に切ってみる。うさぎがうさぎを食べるってどんな感じかは分からないけど、人間もジンジャーマンクッキー食べるし大丈夫だろ。



「ハーブって、どれを使えば?」



 分からないからとりあえずバジルっぽいのとパセリっぽいの、あとは一番減っていたハーブを投入。追加後とかだったら分からないけど、大抵一番少ないものが一番使われているはず。ラベルにはオレガノって書いてあるし、聞いたことある名前だから大丈夫だろ。


 じっくり煮込んで味見をしたら、結構良い感じ。塩コショウを軽く振って、完成。俺的には好きな味になったと思う。後は二人が喜んでくれたら良いな。


 窓の外では日が昇ってきた。朝日の心地良さを感じながら窓を開けると、すっきりした空気が流れ込んでくる。森の中ほどではないけれど、都心の空気より全然美味しい。排気ガスを感じないだけで清々しい気分だ。



「あらあら、まあまあ」



 流石に聞き慣れたセリフが聞こえて振り返ると、侍女長さんがキッチンに入ってきた。そして部屋の中心の大きな作業台に並ぶサラダとりんごを見てふふっと笑ってくれた。



「侍女長さん、おはようございます」


「おはようございます。朝食を作ってくださったのですか?」


「はい、えっと、勝手にすみません」


「そうですね。これは私の仕事ですから、お任せいただきたく思います。ですが、カメト様が頑張ってくださったことはもちろん嬉しいですよ。ありがとうございます」



 侍女長さんに頭を下げられてしまって、自分の行動の浅はかさを恥じた。俺の料理と侍女長さんの料理。その味の差はもちろんのこと、侍女長さんはこれを仕事にしている。他者の仕事に勝手に手を出すなんてあまり喜ばれることではない。特にプロ意識を持っている相手には。



「カメト様、味を見てもよろしいですか?」


「はい、どうぞ」



 俺が頷くと、侍女長さんは小さな器にスープを掬って香りと味を確かめた。バクバクしている心臓を抑えながらその姿を見守っていると、侍女長さんは目を見開いた。これはどっちだ。



「美味しいですね」



 美味しい方だった。良かった。安堵、安心、安泰!



「ありがとうございます」


「これは、お坊ちゃまが食べたときの反応が見物でしょうね。ふっふっふっ」



 物凄くラスボス感のある笑み。思わずたじたじになっていると、それに気が付いた侍女長さんは小さく咳払いをした。



「失礼。それと、このりんごの剥き方は何かしら?」


「これはうさぎりんごっていう切り方で、俺の母が小さい頃によく作ってくれたんです」


「まあ、可愛らしいですね。でもうさぎですか、食べちゃうんですか」


「これも共食いになりますかね?」



 うさぎりんごの顔をマジマジと見つめる侍女長さんに恐る恐る聞くと、侍女長さんは一つ頷いた。やっぱりダメか。



「良いと思います」



 良いんかーい。



「良かったです」


「ふふっ、この国にはうさぎパンとか、色々うさぎをモチーフにしたものが多いですから」


「そうなんですか?」


「他国の国王陛下や従者の皆さんが買って行くんです。外交目的の訪問者は多いですから」


「なるほど」



 異種族というだけで嫌な視線を向けられるけれど、それでも外交は行われている。歴代の宰相が遺した記録にも貿易や同盟の記録は遺されていた。俺もいずれは他国の人に会う機会があるかもしれない。



「さて。そろそろお坊ちゃまを起こして参ります。カメト様は先に食堂へ。配膳は私にお任せくださいね」


「はい、よろしくお願いします」



 俺は侍女長さんを見送ってから、キッチンを出てすぐの食堂へ出た。そのとき、玄関の方から何か物音が聞えた気がした。


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