第14話 亀兎、本領発揮する。
ひと通り森を調査して、スイッチを切り替えて宰相と宰相補佐の顔つきを作ってから街に戻った。街に繋がる橋の前まで来ると、川辺にさっきの深紅の瞳の少年がいた。友達らしきうさぎたちと遊んでいる姿は楽しそうでホッとする。
「あんな風に笑える子なんですね」
「そうですね。さっきのカメトの言葉が支えになったのかもしれませんよ」
「まさか」
視線を交わして笑い合う。そのまま橋を渡って街に入ろうとしたとき、突然辺りに悲鳴が響く。そちらを向くと、さっき見かけた少年たちが川を覗き込んでいるのが見えた。
「落ちた!」
「パン屋の子が落ちた!」
「誰か助けて!」
子どもたちの声に街の人たちもわらわらと集まる。俺はミズキと一緒に人垣をかき分けて子どもたちの元に向かった。川を覗き込むと、さっきの深紅の瞳の少年が葦のような草に必死に捕まっている。
「あなたは救助ロープを持ってきてください! あなたはタオルの用意を!」
「はい!」
ミズキが指示を飛ばして、指名された街の人がそれぞれ走っていく。俺には何ができる? 回らない頭を必死に動かしていると、少年と目が合った。
「すぐに助けが来るからね!」
「う、うん……」
少年は苦し気に頷くと、草を握り直した。けれどその瞬間に一際大きな波が少年を襲った。
「わっ……」
少年は小さな悲鳴を上げて波に飲まれた。そのまま沈んだ身体は、次の瞬間にはその場所から消えていた。慌てて探すと、遠く向こうの方に流された少年の手が見えた。
「向こうは崖よ!」
誰かの悲鳴のような声に、俺は弾かれたように走り出した。足が速いわけじゃないけど、彼を助けなければいけないから。濁流は少年を崖の方へどんどん押し流す。追いついて、水に飛び込んで。最悪俺がクッションになれば彼だけでも助かるかもしれない。
「カメト!」
ミズキの声が聞えた気がした。ダメだ、これじゃあミズキを悲しませてしまう。いっそのこと、俺も川に飛び込んで泳げば追いつけるかもしれない。それも危険だけど、なるべく早く追いつかないと。
泳ぐ。
そうだ。ウミガメなら、泳ぎも得意かもしれない。
獣人化を解除しながら川に飛び込む。川に飛び込む寸前で身体はリクガメになって急激に落下の速度が速くなった。フォルムチェンジ。ギリギリ入水のタイミングでウミガメに変身することができた。
水をかいて前へ前へと進んでいくと、水の抵抗が辛いけれど水泡が流れるように俺の後ろに流れていく。
いた。
視界に少年を捉えて、その方向に向かって水をかく。流れに多少逆らって速度が落ちたけれど、少年の服を前ヒレに引っ掛けることには成功した。
少年は完全に気を失っている。意識があれば甲羅に乗せて首に捕まってもらうこともできたかもしれないけれど、これではどうしようもない。俺は一度水面に顔を出して酸素を補給すると、少年の服を口で咥えた。
千切れないでくれよ。
そのまま水をかいて川の流れとは逆に向かって泳ぐ。全然進んでいる気がしないけれど、流されている感じもしない。ここでどうにか維持できれば、街の人たちが追い付いてくれるかもしれない。
だけど呼吸も心配だ。俺も少年も肺呼吸だから、ずっと水中にはいられない。特に少年は溺れている時間が長いし、息継ぎもできていない。どうにか顔を水の上に押し上げないと。
泳ぎながら首を思い切り振って少年を甲羅の後ろに投げるような動きをする。首への負担は大きいけれど、浮力が働いてくれたおかげで多少はマシだ。
少し身体の力を抜いて、水面に浮上する。ヒレの力は抜けないからこの調節が本当に難しい。だけどこれで少年は水の上に行けたはずだ。少し安心はしたけれど、少年の服から口を離せないから顎も痛くなってくる。だけど絶対にこれを離してはいけない。
とにかく助けが来るまではこの状態を維持しなければ。必死にヒレを動かして、これ以上後ろに下がらないようにもがき続ける。
「ゲホッ、ゲホッ」
顎も胸筋も痛みが出てきたころ、俺の甲羅の上でせき込む声が聞えた。声を掛けたいけれど、この姿だと声が出ないのが難点だ。鳴き声一つ出せない身体が恨めしい。
「こ、こは……」
少年が身体を起こす。すると服に引っ張られて俺の頭が持っていかれてしまう。バランスを崩しかけて、慌てて大きく水をかいた。ここで転覆すれば少年諸共流される運命しかない。
大人しくしていてくれ。
念が伝わったのか、少年は服が引っ張られない位置まで身体を寝かせてくれた。それに弱い力ではありながらも甲羅に捕まってくれたらしい。甲羅に近い皮膚に少年の体温を感じた。
「カメト! 少年!」
ミズキ。
ヒレをわざと水面を叩くように動かす。この濁流の中で音に気が付いてもらえるわけがないけれど、俺にはこれしか手段がない。
「ここです!」
掠れた声。俺の代わりに、少年が出せる限りの声を張り上げてくれた。その声が届いたのか、目の前にロープが投げ込まれた。ロープの先についた輪に片ヒレを通す。もう一度水面をバシャンと叩くと、ロープが巻き上げられたようで身体が岸に寄って行った。
「パン屋の子よ、こっちだ!」
街の人が先に少年を引き上げてくれた。俺は軽くなった背中に安心して身体の力が抜ける。そのまま流されそうになった俺のヒレを、誰かがグッと掴んでくれた。
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