第12話 亀兎、街に出る。


 屋敷を出て街を歩いていると、昨日と同じように嫌な視線を感じた。けれど昨日と違うのは、街の人たちの視線から戸惑いが感じられるここと。



「どうして皆さん戸惑ってるのでしょうか」


「忌避の対象である異種族の者が敬服の対象である宰相の衣装を纏っていれば困惑もするでしょう」



 俺はミズキの変わり身の方が困惑するけどね。


 屋敷を出る前、ミズキと外では宰相と呼ぶこと、敬語を使うことを約束した。宰相の証であるこの衣装を纏っている間は個人ではなく宰相として振る舞うべき。それは衣装を代々引き継いでいることから納得した。


 とはいえ、街の人たちが服で役職を判断して、中の人間には全く興味を示さないことには違和感がある。文化が異なるのだから仕方がない。だけど馴染むには時間が掛かりそうだ。



「宰相補佐、雲や水、木々や動物たちの様子をつぶさに観察してください」


「はい、宰相」



 俺も外では宰相補佐と呼ばれることになった。即座に反応できるかが怪しいけれど、これも慣れるしかないことだ。仕事をしないと野垂れ死ぬ。それを回避するためには順応することが大切だ。


 街の外れからみんなの森へ向かう橋が見えてきた。木製の橋の下を流れる水は茶色く濁っているようだった。水嵩も昨日よりは多い気もするけれど、来たばかりの俺には判断が付かない。



「宰相、川の様子が気になります」


「ああ、昨日ラビアスの北に位置するビグレシアとカウロッテは雨天だったようです。その影響で増水しているのでしょう。これくらいならば洪水になる危険はありません」


「なるほど」



 他国の天候まで把握しているとは驚いた。昨日の記録には書かれていなかったけれど、他にどこかに記録しているのかもしれない。宰相補佐として、まだまだ学ぶべきことが多い。


 しばらく街側から川の様子を観察してから、橋を渡って森に入ろうと移動することになった。そのとき、コツンと何かがぶつかる音がして、俺の背中に何かが当たったような気がした。


 気のせいかもしれないと思うくらい小さな衝撃だったけれど、念の為振り返る。すると石を握り締めたうさ耳の少年が立っていた。



「異種族は出ていけ! 人殺し!」



 少年は叫びながら俺に向けて石を振りかぶった。驚いて動けない俺の前にミズキが立ち塞がる。けれど少年は止まることなく石を投げた。石はやけにゆっくりと弧を描いてこちらに飛んでくる。街の人たちが目を見開いている。


 俺はほとんど本能的にミズキの腕を引いて、自分の腕の中に抱き込んだ。石に背を向けて、衝撃に備える。頭には当たらないと良いな。


 コツンとまた音がして、背中に小さな衝撃を感じた。やっぱり背中に何かが当たっても感覚が鈍い。腕の中に閉じ込めたミズキからそっと身体を離すと、ミズキは耳を赤くしていた。



「ミ、宰相、どこか怪我をしていませんか?」



 危な、一瞬ミズキって呼びかけた。俺の問いかけにミズキはゆっくりと首を横に振る。しばらくぼーっとしていたけれど、ハッとすると咳払いをして俺から離れて少年の方に向かっていった。


 俺を庇ってくれたけど、やっぱりこんな状況は怖いよな。それなのに少年の前に立つ度胸。改めて宰相の器を持つうさぎだと思わされた。



「少年、他者へ石を投げる行為は罪に問われるものです。いかなる理由があれど、他者へ危害を加えることは愚かな罰せられるべき行為ですよ」



 ミズキは少年と視線を合わせることはせず、高圧的に見下ろす。辺り一帯に響く声と丁寧な口調、冷ややかな視線。周囲の気温が一気に五度下がった気さえする。けれど見下ろされた少年も負けていない。真っ赤な顔でミズキを睨み返した。



「オレの両親は異種族に殺された! どうしてあいつらは許されて、オレは許されないんだ!」



 なるほど。うさぎ族以外は全て異種族。それが本当に両親を殺した相手であるか、種族であるかは問題ではないらしい。個人という概念が乏しい国だから、日本よりも一層その意識は強いだろう。



「キミの両親は合法な狩猟で亡くなりました。キミが何を思っていたとしても、キミの両親が亡くなった件は事件にもなりません。キミがその件が原因で異種族の者を恨んで犯罪に手を染めても、裁かれるのはキミですよ」



 ミズキの言い分は最もだ。少年もグッと言葉に詰まって、俯いてしまった。街の人たちもどちらの味方をするべきか悩んでいるようで、ただ静かに事の成り行きを見守っていた。


 ミズキは正論で公平に人々に接する必要がある。それが宰相という立場だから。俺は補佐として、その立場を支えなければいけない。それにミズキがこれから俺が街で暮らしやすいようにより周囲の目を集めようとしているように思う。


 分かってはいる。だけど、俺は正論では救えない感情があることも知っている。



「少年」



 俺は少年の前に進み出て、その前にしゃがみ込んだ。少年が殴ろうと思えば殴れる距離。だけど俺の気持ちを伝えるにはこの距離に入る必要があると思った。



「もしもキミが誰かを恨むことで感情をコントロールできるなら、俺を恨んでください。いつかキミが誰かを恨むことなく生きられるようになるまで、その感情は俺が受け止めます」


「待ってください」



 ミズキの手が俺の肩に置かれる。けれど俺はその手を外して、ミズキの目を見て首を振った。大丈夫、信じて。



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