第4話 亀兎、謁見する。


 誰かが動くことをジッと待っていると、前の空気が動いた。



おもてを上げよ」



 腹に響く声にビクビクしながら顔を上げると、目の前の少し年老いた白いうさ耳を生やした国王陛下が俺たちを見下ろしていた。片目を塞ぐ古傷に心臓が嫌な音を立てた。


 先入観に囚われて人を見た目で判断することはしたくない。だけどどうしても怖いと思ってしまう俺は小心者だ。



「客人よ、よくぞ参られた。吾輩はラビアスの国王なり」



 堂々とした威厳ある姿。圧倒的な力の差を認識せざるを得ない。よく考えればあの人は国王になり得る人物だ。あの傷だって名誉の負傷と言われる傷なのかもしれない。そう思うと恐怖よりも今は痛くないのかの方が気になってきた。



「国王陛下。本日は突然の訪問にも関わらず謁見の機会をいただき感謝いたします。早速ですが、本日森に出向きましたところ、この者が森を彷徨っておりました。出身はタートランド、種族は亀族であるとのことで記憶喪失の疑いもあります故、保護いたしました」



 宰相さんが俺のことを短く伝えてくれた。この短さに全ての情報を詰め込める宰相さんの能力が凄いのか、それほど俺の存在に謎が多いのか。考えることをやめよう。今は挨拶が優先。今度こそ第一印象は大切にしないとね。



「お初にお目にかかります。カメトと申します」


「ほう、うさぎ語を堪能に操るか。そなたはそれをどこで学んだ?」


「申し訳ございません、記憶にございません」



 まさか自分がこのセリフを使う日が来るとは。少し感動してしまったけれど、少し罪悪感もある。とはいえ創造神さんと死神さんのことも、転生したことも言えないから仕方ないことではあるけれど。



「そうだったな。ふむ。どうやってタートランドの滅亡に伴う亀族の絶滅を乗り越えたのか聞きたいところではあるが、それも記憶がないのだろうな」



 国王陛下の探るような目が突き刺さる。やっぱりこの人はちょっと物騒な方面の人なのかも。そう思っても仕方がないくらい鋭い視線が刺さる。粗相をしたら殺されそうで、身体が一ミリたりとも動いてくれない。



「タートランドは三百年前に滅亡したから帰国は不可能。うさぎ語が操れるのであれば暮らしには問題なかろう。衣食住と仕事を揃えてやればわが国での生活は可能だろうか」



 国王陛下の言葉に思わず声が漏れそうになった。物凄くあっさりこの国で暮らせるように考えてくれているけれど、本当に良いのだろうか。忌み嫌っている異種族の、出自も何も分からないこんなやつを受け入れるなんて、正気の沙汰とは思えない。



「国王陛下、よろしいのですか?」


「ああ。もしもそのつもりでなければ宰相もここには連れてこないだろうしな。そうだろう?」



 皇太子殿下の問いかけに答えた国王陛下は試すような視線を宰相さんに投げかけた。宰相さんはそれに対して凛々しい表情を一切崩さないまま一礼した。



「滅相もございません。私はあくまでもご報告に参ったまでにございます」


「そうかの? まあ、そういうことにしておいてやろうではないか。その代わり」



 国王陛下は意味深に言葉を切る。宰相さんが顔を上げると、国王陛下は人の悪い顔で笑ってみせた。背筋に走った悪寒と、急にやってきたお花摘みに行きたい衝動は気のせいということにしておく。



「カメト殿の身柄は宰相の屋敷で預かるように。確か宰相の屋敷には人手が足りていないだろう?」


「彼を使用人として雇え、ということでしょうか」


「カメト殿も仕事をして金を稼がねば生きていけない。当然だろう」



 国王陛下の言う通りだ。この国に滞在するにしてもしないにしても、生きていくためには稼ぐ必要がある。



「カメト殿は理解しているようだぞ。宰相、頼んだ」



 国王陛下は俺を見下ろしてそう言うと、スッと立ち上がってそのまま部屋を出ていってしまった。それでホッと肩の力が抜けて宰相さんを見ると、宰相さんは何故か薄桃色の耳をほんのり赤らめていた。


 深呼吸をして立ち上がった宰相さんは、もうスンとした顔をしていた。さっきまでの顔が嘘だったかのようなクールさに翻弄されつつ、それは顔に出ないように努めた。



「では私の屋敷へ案内しますね」


「分かりました」



 宰相さんがさっさと歩いて行く後について行く。部屋を出て、王城を出て。王城のすぐ脇の豪邸に辿り着いた。俺の住んでいた二階建て築三十年のアパート全部の十倍はありそうだ。



「広いですね」


「平民の家よりは、ですよ。ですがこれでも王城の十分の一ですよ」


「王城広すぎませんか?」


「まあ、ほとんどが使われていませんね」



 思わずあんぐりと口を開けてしまった。そんな俺の顔を見て宰相さんはようやくフッと表情を緩めた。けれど道行く人の視線に気が付いて表情を凛々しいものに戻してしまった。



「中に入りましょうか」


「はい、お邪魔します」



 宰相さんは手で門を押し開けて中に入る。エスコートされるまま、俺も屋敷の敷地内に足を踏み入れた。心地良い花の甘い香りがふわりと香る庭園には色とりどりの花が咲き誇っていた。


 そこには誰もいなくて、静かに風に揺れる花を眺めながら屋敷までの道を歩いた。王城のように人がたくさん常駐しているのかと思ったけれど、そうでもないらしい。


 促されるままに大きな屋敷に入ると、一人の年老いたうさ耳の女性が恭しく頭を下げていた。


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