第3話 亀兎、ラビアスに行く。


 宰相さんについて行くと、森から一続きになっているような色合いの中華風の街に辿り着いた。道行く人はみんなうさ耳が生えていて、宰相さんを見ると慌てて道を空けてひれ伏した。


 宰相さんも当然といった表情で堂々と歩く。その後ろを歩こうにも、異様な状況に戸惑うことしかできない。



「宰相さんって偉い人なんですね」


「いえ、前任者の功績で敬われているだけですよ。宰相は代々この衣装を纏います。厳密に言えば色は違うのですが、平民は間近に服を見る機会などありませんでしたから」



 その物言いだと、この宰相さんが街に降りてきていること自体が前例にないことっぽい。とはいえ宰相さんが街の人たちをぞんざいに扱う仕事をしていればすぐに見限られるはず。この宰相さんだから慕われているというのもあながち間違ってはいないだろう。


 それ以上に気になるのは背後から俺に向けられた視線だ。うさ耳だらけの国の中でうさ耳の生えていないやつがいれば気になる。それは分かる。だけど俺に向けられた視線には明らかな嫌悪が混じっている。


 宰相さんも気がついているだろうけど、それには触れず黙って前を歩く。それなら俺も従うべきだと思ってただついて行く。


 しばらく歩いていると、宰相さんは突然曲がった。大通りを外れて人気のない路地に入る。そして少し歩いたところで宰相さんは足を止めて俺に振り向いて頭を下げてきた。



「カメトさん、申し訳ありません。ラビアスは国外の種族とはあまり交流もなく、不仲な国の方が多いので、異種族の方に対する目が厳しいのです」


「あの、頭を上げてください。事情は分かりました。その上で、それは宰相さんが謝ることではないと思います」


「いえ、わが国のことですから」


「いやいや、だって宰相さんは俺を心配してくれてここに連れてきてくれたんでしょう? 国がどうあっても、宰相さんの優しさは変わりませんから」



 頭を少し強引に上げさせて俺が笑いかけると、宰相さんは目を見開いてパッと顔を逸らした。もしかしなくても照れているのだろうか。しっかりしていそうだけど、こういうところはうちのツンデレな弟を見ているみたいで可愛く思える。


 宰相さんは大きく深呼吸をして、それからもう一度俺の方に顔を向けた。薄桃色の耳が赤みを増していることには突っ込まないであげようかな。



「えっと、ありがとうございます。あの、いや、えっと……いえ、先を急ぎましょうか」



 途中で何か口籠もったけれど、宰相さんはそれを誤魔化してまた歩き出す。ちょっとほっこりして、緊張していた気持ちが落ち着いた。この宰相さんがいてくれるなら知らない世界でも生きていけそうだ。


 宰相さんの後を追って路地を抜けると、羅城門のような大きな門が見えてきた。その向こうにはやっぱり中華風の城のような荘厳な建物がどっしりと構えている。



「ここがラビアスの王城です」


「城みたいですね」


「城ですからね。カメトさんには国王陛下に謁見していただきます」


「えっけん……?」



 意味は分かるけれど聞き馴染みのない言葉に思わず聞き返す。国に入ってすぐに国王陛下に謁見するなんて、きっと普通ではない。



「かつての大国タートランドの生き残りが存在したことを報告したいですし、カメトさんの身柄についても相談しなければなりません」



 そう言われて、ハッと自分が住所不定無職の一文無しであることを思い出した。ここは素直に国王陛下に会っておくべきだ。



「ありがとうございます。でも、そんなに急に会えるものなんですか?」


「私は宰相ですから。緊急の用事があれば公務の合間に時間を作っていただくことなど造作もありません」



 宰相さんは可愛いところもあるけれど、やっぱり一国の宰相だ。凛々しい顔で堂々と歩く宰相さんは羅城門のような門の前に立っていた鎧を身に纏った門番らしき人たちの前で立ち止まった。



「お疲れ様です! 宰相様!」



 門番らしき二人は宰相さんを見るとビシッと敬礼をした。宰相さんはそれを身体は微動だにしないまま目だけを動かして見下ろした。あまりの威圧感に喉が締まる。



「私のお客様が一緒なのですが、通していただけますね?」


「はっ、宰相様のお客様でありましたら、問題ないかと」


「感謝します。カメトさん、こちらへ」



 オーラから柔らかさが消えている宰相さんに少し身体が固くなる。けれど門番さんたちの視線も怖くて宰相さんの元に駆け寄った。また宰相さんが俺を先導してくれて、門を潜り抜けた。


 宰相さんは胸を張って城へ向かう太い一本道を歩く。ここでも道行く人たちが自然と道を開けてくれる。嫌な視線からは意識を逸らして宰相さんの表情を窺う。無表情な顔からは何も読み取れない。さっきまでの可愛らしさはどこへいったのだろう。


 門のときと同じように王城の入り口も潜り抜けて王城に足を踏み入れた。内装も中華風で、落ち着くような落ち着かないような不思議な感覚。


 廊下には至る所に陶磁器だったり金や銀でできた装飾品が置かれていて、見慣れないものが気になって仕方ない。だけど不用意に触ってこれを壊したらと思うとぞっとして、横目に見るだけに留めた。


 高級そうなものに目を白黒させながら歩いていると、宰相さんが一番大きなドアの前で足を止めた。ドアの向こうから感じる圧倒的な存在感。宰相さんより強いオーラに足が竦む。



「カメトさん、こちらが謁見室です。国王陛下はすでにおいでになっておられます。くれぐれも粗相のないよう」


「はい」



 正直に言えば何が粗相で何が正しいマナーかなんて分からない。だけど行くしかない。


 勝手に開いたドア。宰相さんが一礼して入室するのをみて、見よう見まねで一礼した。顔を隠しつつ宰相さんの行動を真似て歩いていると、突然宰相さんの足が止まって床に膝をついた。


 同じ姿勢を取りながらこっそり前を見ると、豪華絢爛、きらびやかな玉座に国王陛下らしき白いうさ耳の人が座っていた。その場の者を圧倒するような強大なオーラに当てられて、俺はサッと視線を床に下ろした。


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