君と紡いだ愛の時間

鹿目 執和

当たり前のような毎日がこれからも続くと思っていた。

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さよなら芽依。これで君は救われる。

*******

ねぇ、これで少しは私の気持ち分かってくれた?

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どうして!私はおかしくなんかない!アイツを捕まえてよ!

幸せだった日々を返してよ…この悪魔っ!!!


太陽の日差しが射し込み、心地よい風が病室の中を吹き抜けて、外は桜の花びらが舞っていた。4月の半ばとあって、気温も丁度良い。大学二年の隆哉は芽依の見舞いにきていた。二人は付き合って、7年が経とうとしていた。隆哉は持ってきた紙袋を二つ病室の窓際にある机に置く。一つは花束が包んであり、もう一つは有名なカフェ屋の小袋だ。隆哉は花束が入ってある紙袋を手に持ち「花瓶の花、変えておくね。」隆哉はそう言うと、紙に包んでいた花を取り出し、「春だから、ストックの花を買ってきたんだ。芽依、この花好きだっただろ?」花瓶の花と取り換えながら話しかけた。芽依は隆哉の後ろ姿を見ながら、「うん。好きだよ。花も綺麗で好きだけど、花言葉もいいよね。確か…」芽依が花言葉を言い出しかけた時、「豊かな愛」隆哉の声と重なった。あははは、二人は思わず笑ってしまった。他の患者の人達がいない個室だから、声を出して笑っても問題がなかった。隆哉は振り向いて、「やっぱ俺たち最高だな!」と笑いを我慢しながら話す。芽依も笑いを堪えながら、「そうだね。いつもありがとう。隆哉。」芽依は隆哉に感謝を伝えた。何気ない会話、二人にとってはいつも通りのやり取りだった。隆哉は芽依が笑ってくれたのが、嬉しく感じていた。普段はそんな事は思わないのだが、今日は違っていたからだ。いつも陽気な芽依が落ち込んでいる様子だった。隆哉は病室に入った時から、その異変には気づいていたが、来てすぐにそういう話を切り出すのは気が引けたので、普段通り接していた。一笑いした隆哉は「いいよ、いつものことだし。気にしないで。」と笑顔で答える。花を取り換え終えると、ベッドの横にある、紺緑色で肘付きの、四角い木製の椅子に座った。芽依のほうに目線を向ける。やはり、元気がない。心配なった隆哉は「何かあった?」と話しかける。太陽が雲に隠れ病室の中が薄暗くなる。外の暖かな空気とは裏腹に病室の空気は冷たくなっていた。芽依は暫く黙ったまま、下を向いていた。隆哉も余計なことは言わず、ただじっと芽依が話すのを待っていた。芽依は意志を固めたのか、ベッドのシーツを手で掴む。掴んだ周辺に皺が寄る。そして「…私が入院してから、毎日来てくれてるし、いつもお花とか色々買ってきてくれて、隆哉の時間やお金をたくさん使わせてしまってるのに、何も恩返し出来てない…。デートとかお料理とかそういう"普通"のことすら私にはできない…。隆哉と一緒に色々なところに行きたい。公園とかで私の作った、お弁当とか食べさせてあげたい…。でも…私にはできない…。悔しいよ…。私は隆哉に貰ってばかりで、何も返してあげれてない…。」芽依はずっと悩んでいたのだ。それもそのはずだ。自分の病気が発症して6年、隆哉は毎日来てくれていた。いつも優しく気にかけてくれてる。なのに自分は何も隆哉に恩返し出来ていない。そんな自分が嫌で嫌で堪らず、罪悪感を感じていたのだ。芽依は落ち込んだ様子で涙を堪えていた。隆哉は想いを伝える為、芽依の手を握る。そして優しい口調で、「芽依、俺のことを見て。俺は芽依のことが好きだから、少しでも長く一緒にいたいって思ってる。だから、こうやって一緒にいれるだけでいいんだよ。逆に俺の方が、毎日来て迷惑かなって思ってる。」すかさず芽依は「そんなことないよ!隆哉が来てくれるの私はすごく嬉しい。迷惑だなって、一度も思ったことないよ!」握られている芽依の手に力が入っているのが分かった。「でも、この先もずっとここから出られない。それで…」言いかけた瞬間、芽依の身体に暖かな体温が伝わった。ギュッと優しく包み込むように隆哉は芽依を抱きしめる。「隆哉…」芽依は突然の出来事に驚き、思わず名前を呼んだ。だが、返事はない。隆哉はじっと抱きしめたままだった。芽依は隆哉の背中に腕を回す。硬く大きな身体、スポーツをしている隆哉は筋肉も付いていた。芽依は隆哉に抱きしめられながら、涙を流していた。そして、温もりを確かめるかのように腕に力を入れる。すると、耳元で「俺は芽依を愛してる。この先、病室から出られなかったとしても、俺は芽依のことを愛し続ける。どんなことでも二人なら乗り越えられるって…だから不安にならなくていい。俺がずっとそばにいるから。」隆哉は優しい口調で耳元で囁く。芽依は感極まり、号泣した。今まで溜まっていたものを吐き出すかのように、子供みたいに泣いていた。病室中に芽依の泣き声が響き渡る。隆哉の肩に芽依の涙が染み渡っていく。隆哉は肩が冷たくなるのを感じながら、芽依のことを抱き続けていた。雲が通り過ぎ、病室の中に再び太陽の光が差し込んできた。薄明かりが二人を照らす。芽依は徐々に落ち着きを取り戻し、「もう大丈夫。」と呟く。隆哉は何も言わず、腕を離し、芽依の顔を見る。そして安堵の笑みを浮かべた。芽依もほっとした様子だった。たくさん涙を流していたので、目はまだ潤んでいた。隆哉は空気を変えようと、持ってきたもう一つの紙袋に目線を向ける。そして、「そういえばマサラテーゼの新作のラテが出ててさ、持ってきたんだ。」芽依はその言葉を聞いて目を輝やかせる。隆哉の横にある机に顔を向ける。「その中に入ってるのマサラの新作だったんだ。いつもの抹茶ラテかと思ってた。」芽依の声のトーンが上がる。待ちきれない雰囲気が伝わってきた。マサラテーゼは若者に人気のカフェ屋で新作が出る度に長蛇の列が出来るほどの人気店だ。芽依はそこのラテ系が好きで季節問わず飲んでいた。その中でも抹茶ラテが芽依の好物だった。だから、いつもは抹茶ラテを買って持っていくのだが、今日は新作のラテが発売されていたので、気になって買っていたのだ。隆哉はそういうと、立ち上がり、机の上に置いてあった、もう一つの紙袋から二つカップを取り出した。「これなんだけど。」一つのカップを芽依に渡す。「ありがとう!」芽依はそういうと両手で受け取り、自分の胸の辺りまで持ってくる。購入してから時間が経ってしまっていた為、容器が生温くなっていた。隆哉は再び椅子に座り、話し始める。「キャラメルラテなんだけど、上のホイップクリームのところにピンクのパウダーがかかってて、季節感でていい感じなんだ。」芽依はワクワクしながら、蓋を開けて確かめる。開けた瞬間、桜の香りがした。「うわ!ホントだ。春っぽくていいね!風味もなんだか桜っぽい匂いがする。」テンションが上がる芽依。隆哉は微笑ましい表情で見ていた。そして、一口飲む。顔の筋肉が緩み、リラックスした表情で「味も凄く美味しいし、パウダーのところも風味があってこだわってるね。」と飲んだ感想を伝えた。隆哉は飲んだ感想よりも気になったことがあった。芽依の顔をじっと見る。芽依は不思議そうに首を傾げた。すると、「芽依、唇のところにホイップが付いてる。取ってやるから、動かないで。」そう言うと、隆哉は少し身体を傾け、腕を伸ばす。隆哉の人差し指の先が芽依の唇に触れる。スッと指をスライドさせて付いていた、ホイップを取る。そして、そのままホイップを口にした。芽依はその姿を見て、顔が赤くなっていた。隆哉はニヤっと笑みを浮かべながら、「なに顔を赤くしてるんだよ。まさか照れてる?」とふざけた口調で話す。芽依は恥ずかしさを隠すように強い口調で返した。「な、ば、馬鹿にしないで!別に照れてなんかない!」ぷくーとほっぺを膨らませ、怒った表情をする。フハハハ、「芽依ってホント分かりやすいよなー。」隆哉は芽依を揶揄った。芽依は顔を赤くしながら、「また、そうやって馬鹿にして!隆哉なんて大っ嫌い!」フンっと首を横に振った。「ごめん、ごめん。冗談だよ。怒らないでくれ。」隆哉はカップを太ももの上に置き、手を合わせ謝罪する。芽依は許そうか少し悩んだが、さっきのは自分も言い過ぎたと思ったので、許すことにした。「いいよ。別にそんなに怒ってないし。私も大っ嫌いって言ってごめん。」芽依がそう言うと、「別に気にしてないから、大丈夫だよ。それに揶揄った俺が悪いし。」と隆哉は困り顔で返答した。少し間が空き、隆哉はふと何かを思い出したかのように、「そういえば、ポニーテールはもうしないの?」芽依はまさかの質問に驚き、「えっ?何、急に?どうしたの?」目を大きくし隆哉を見る。「いや、今日さ、来る前に、久しぶりにスマホの写真見返してたら、ポニーテール姿の芽依の写真が出てきてさ、芽依のポニーテール好きだからしてほしいなって。」隆哉はじっと芽依を見つめる。「うーん。」芽依は腕を組み、眉間に皺を寄せる。芽依は考えていた。これは隆哉に恩返し出来るチャンスなのでは?でも、似合うかな?と少し心配していた。その間にも隆哉は話続けていた。「芽依のポニーテール姿は可愛いし、昔はよくしてたと思うけど?」と鈍感な隆哉に芽依は言い返した。「それは中学生だったからよ。今、ポニーテールにしたら子供っぽく見えない?」「そんなことないと思うけどなー。」隆哉は芽依がなぜ、そんなにポニーテールに対して抵抗感があるのか分からなかった。少しの沈黙が続いた。芽依は悩んだ末、「分かった。明日してみるね。」隆哉のお願いを叶えることにした。それに今日は隆哉にたくさん迷惑かけてしまったし、これくらいはしてもいいかなと芽依は思ったのだ。その言葉を聞いた隆哉は「ヨシっ!」と嬉しさを表しながら、ガッツポーズした。外が暗くなり始めているのを感じた芽依は「というか、そろそろ時間だね。」と隆哉に伝える。隆哉は時間を確認する為、ズボンのポケットから、スマホを取り出し、電源ボタンを押した。液晶画面に時刻が表示される。時刻は18時を過ぎていた。「もう、こんな時間か。いつも思うけど、芽依といると時間経つの早く感じるよ。ぼちぼち帰るかー。」隆哉はそう言うと、立ち上がり、机の上にある紙袋などを片付け始めた。一通り片付け終えると、扉の方に向かって行く。扉の近くまで行くと立ち止まり、振り返る。芽依の方を見て「ポニーテール楽しみにしてるから!また明日!」と念を押すように言った。芽依は微笑みながら、「分かった。楽しみにしてて。また明日。」と手を振り隆哉を見送る。扉を開けた隆哉が病室から出て行く。閉まっていく扉の隙間から、隆哉が手を振り返してくれた。バタンと扉が閉まり、さっきまで賑やかだった、病室が一気に静まり返った。芽依は残っていた、ラテを一気に飲み干す。今日も寂しさを感じながら、一人きりになった病室で「ポニーテールか…」と髪を触りながら呟いた。窓の外を見る。隆哉がどんな反応をするのか、楽しみに思いながら、夕陽が沈むのを眺めていた。その後、病室の中の電気が付き始め、部屋の中が明るくなる。この時の芽依はまだ知らなかった。隆哉との日々が今日で終わりを告げているということを。

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