最終話 東宮殿の花巫女
ソランの活躍により、皇后・ミヘはその数々の身勝手な理由による殺人、殺人教唆等、数々の罪で廃妃となる。
皇帝の怒りは凄まじく、ミヘが皇后の座にいることで恩恵を受けていた陽家の者たちも罷免され、中には罪を問われ流刑、死罪となる者までいた。
星宮殿の皇巫も、ミヘの悪事に加担していたとして失脚。
皇太子が皇帝となるまでの期間、空席となってしまうその地位にはサンウォルが就任することになった。
厳しいので有名なサンウォルが皇巫になったことで、巫女たちは初めは戦々恐々としていたが、すぐに慣れていくことだろう。
一方、空席となった皇后の席は、皇帝がもう女は懲り懲りだと、このまま空席のままにしておき、皇太子が皇帝となった後に、皇太子妃が皇巫と兼任する予定である。
そして、見事に皇太子妃に選ばれたソランは、この騒動がひと段落した夏の終わり、ようやく先延ばしになっていた祝言の日を迎えることとなった。
花巫女の証である花の簪と、花嫁の証である鳳凰の簪の両方を挿し、この日のために作られた鮮やかな衣装に身を包んだソランがあまりに美しく、フィソンはついついにやけてしまう口元を隠しながら、互いに向かい合い一礼。
「おめでとうございます!!」
「おめでとう!!」
たくさんの祝福の中、二人は正真正銘の夫婦となった。
◇◆◇
「ソラン……」
「こ、皇太子様……」
ついに初夜を迎えた二人。
御簾で四方を囲われた部屋に、ぼんやりと行灯の淡い光が揺れる。
「ほ、ほんとうに、その……ここで、やるんですよね?」
「そうだな。まさか、俺もこんな……ことになるとは————」
御簾の外側には、何人か人がいる。
無事にことが進むのを見守っているのだとはわかっているが、人に見られている状況で迎える初夜ほど、恥ずかしいものはないのではないかと、ソランもフィソンも顔を真っ赤にしていた。
「皇太子様、早くしていただかないと、このままだと夜が明けてしまいますよ」
「そうですよーフィソン様。俺らだって、無事に終わったのを確認するまで自分の部屋に戻れないんですから」
「ソラン、頑張って。大丈夫よ。何か問題があれば、私が助けるわ。皇太子様、丁重に扱ってくださいね。もし無理やりこじ開けるようなそんなことは……————」
「そんなことするわけないだろう!? 俺をなんだと思っているんだ!!」
「むっつり助兵衛」
「おい……!!」
シン内官とウスに急かされ、リンミョンにはむっつりだと言われてしまった。
これでは集中できないと、フィソンは不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。
「皇太子様、お顔が……」
「なんだ……?」
「眉間にまたシワが寄っています。えいっ」
「わっ……こらっ!」
ソランはふざけて人差し指でフィソンの眉間をぐりぐり押して引き伸ばした。
「そんなに押すな、痛いだろう」
「だって、このままじゃ、将来シワが残ってしまいます」
「…………そうだな……それじゃぁ、俺の眉間にシワが残らないように、機嫌を取ってくれるか?」
「え……?」
フィソンはソランの手を掴んで止めると、反対の手をソランの腰に回し、引き寄せる。
「わっ、皇太子様、ちょっと……待って」
「嫌だ、もう待たない。お前も覚悟を決めろ」
「ひゃっ」
ソランはフィソンに押し倒された。
フィソンが行灯の明かりを吹き消し、御簾に映る影が揺れて消える。
「皇太子様……」
「ソラン……愛してる」
「多分、私も……です」
「……多分なのか。まぁ、いい」
「あっ」
夜に溶けるように結ばれた。
そして、時は流れ————
「ねぇ、見て!」
「あ、それって、噂の……!!」
「そう『東宮殿の花巫女』よ!!」
星宮殿の見習い巫女たちの間では、『東宮殿の花巫女』という小説が話題になっていた。
かなり内容は脚色されているが、皇巫でもある
禁書となっている『後宮夜伽草子』と『宮中夜伽噺』に次ぐ名作とされ、挿絵付き。
実はリンリンとミンミンの合作である。
まさか自分がそんな物語の主人公になっていることなんて全く知らないまま、東宮殿の庭でゆっくり初孫の
皇子を三人、皇女を四人も産んだのだが、なぜか誰も巫女の力を受け継いではいなくて、少しだけさみしい思いをしていた。
(巫女の力って、遺伝するとは限らないのね。ということは、いずれ時が経てば、途絶えてしまうものなのかしら……?)
「おばぁしゃまぁ……」
「ん? なぁに、チュンファ」
チュンファは舌ったらずな幼子らしい可愛らしい声で、池の前で丸くなっている猫又を指差しながら言った。
「あのねこしゃん、しっぽがふたちゅあるよ? どぉして?」
(あらまぁ……)
「……あれはね————」
【最終章 東宮殿の花巫女 了/『東宮殿の花巫女』完】
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