第49話 みせる
「な、なんだ……これは……!?」
東宮殿にいた全員の目に、鬼神の姿が映る。
エンム妃と皇巫にだけは、その姿が最初から見えていたが、皇巫は巫女の力を持たない他の人たちが同じものを見ていることに驚きを隠せなかった。
初めて見る鬼神の姿に、中には恐怖で気を失ってしまった人もいる。
「
皇帝が問うと、ソランは即座にソランは答える。
「私にかけられた呪いです」
「の、呪い!?」
「ここにいらっしゃる皆さんで、おそらく最初からこの姿が見えていたのは巫女の力を持つ方々だけでしょう。皆さんの目には見えない存在を、見えるように一時的ですが、させていただきました」
ソランは鬼神と向かい合い、首から下げていた『返し袋』を手に取り話を続ける。
「実は、この試験が始まってから、私はこの呪いの鬼神に命を狙われておりました。誰かが、私を殺そうと呪いをかけたのです。この国では、呪いで人を殺すことは、禁じられている行為であることは、ご存知ですよね? 陛下」
「もちろんだ」
「しかし、残念ながらこうして私の命を狙って呪いをかけた人がいるのです。それも、その呪いを使ったのは一度や二度ではありません。私の母も、これと同じ呪いにより殺されました。さらに、こちらで調べましたところ、後宮殿で不審な死に方をされた陛下のご側室の方も、同じく、この呪いの力で亡くなっております」
「なんだと!? 一体、誰がそのようなことを————」
「今から、その犯人をご覧に入れましょう。みなさんには、その証人となっていただきます」
ソランは『返し袋』を自分の真上に放り投げる。
すると、その袋のせいで一定の距離から近づけずにいた鬼神が勢いよくソランに襲いかかった。
「な……!?」
口のようなものを大きく縦に開いて、鬼神はソランの首元にかぶりつこうとする。
しかし、落ちてきた『返し袋』がその鬼神の頭に触れた瞬間、青白い光を放ち鬼神の体はソランの体から勢いよく吹き飛ばされる。
そして————
「いやっ! いやあああ!! こっちに来るな!! 来るな!! 気持ち悪い!!」
『返し袋』の力により、呪いをかけた本人に返された鬼神が向かった先にいたのは、皇后・ミヘ。
鬼神は皇后に覆いかぶさった。
「いや……いやあああっ!!」
「叫んでいても食われるだけですよ、皇后様」
エンムがそう言ったが、ミヘはどうしたらいいかさっぱりわかっていない。
「鬼神を呼び出した時に使う、呪符を持っているでしょう? 出しなさい」
「じゅ、呪符!? あ、ああ、あれね!!」
ミヘは懐に入れていた呪符を出して、エンムに手渡し、エンムはそれを縦に引き裂いた。
すると、鬼神の姿はパッと消えて無くなる。
「は……はぁ、は……っ」
あまりの恐怖に腰を抜かし、ずるずると地面に座り込むミヘを、その場にいた全ての人間が見つめる。
「皇后様が……?」
「皇后様が、呪いをかけた……?」
ざわつく会場。
皇帝はソランにさらに尋ねる。
「誠に皇后が……? 皇后が、お前を呪い、他にも呪いで人を……?」
「呪い以外でも、たくさんの人を殺めています。ただご自分が、気に入らないという理由だけで」
「な、なんだと……!?」
「また宮廷薬師を懐柔し、何人もの御側室、さらには、前皇后・
皇帝自身も、疑ったことはある。
誰かの策略ではないか。
これまでの不審な死は、ミヘにとって都合の良いものではなかったか。
だが、そのどれもが決定的な証拠が見つからず、どうすることもできずにいた。
「陛下はこの試験で、自分が皇太子妃にふさわしいか納得させるようにと仰せになりました。ですから、私は考えました。皇太子妃とは、将来は皇后となる身です。この国の母となる存在。だからこそ、今、この国の母である皇后様が身が手に人の命を奪い続けている、この状況を全て明るみに出し、正すべきだと……他者に忖度することなく、間違っていることは間違っていると声を上げることができる者こそが、皇太子妃になるにふさわしいと思いました————」
(見えないから証拠にならないなら、見えるようにしてしまえばいい)
後宮殿で鬼神の存在に気づいたあの時、ソランはそう思った。
見えないから証拠にならないなら、見えるようにする。
一時的でも構わない。
多くのに人間が、同じものを見て、聞いて……そうすれば、皇后を糾弾することができるはずだと。
そこで、師匠であるサンウォルに相談し、多くの人間に巫女と同じものを見せる方法を考えた。
フィソンからヨンに会った時に聞いた、一時的だが見えるようになったという話を元に、亡くなった花巫女たちの怨念が染み渡っているあの東宮殿の池の水と、その中にソランやサンウォル、星宮殿の巫女たちの血を少しずつ採取して混ぜ合わせたのだ。
しかし、池の水をそのまま飲んでは腹を下してしまう可能性もあるため、そこは薬師であるリョンスも協力し、一時的ではあるが、見えるようになる薬を作った。
「陛下の目にも、そして、ここにいらっしゃる皆様の目にも、そちらにおられる尻尾が二本の猫が見えますでしょうか?」
ソランは祭壇の前に座っていたヨンを指差した。
「皇后様がこれまで重ねて着た罪、その一部を知るのがこのヨン様です。そして、それに加えて私の父・宮廷薬師の
はっきりと、よく通る大きな声で話しながらソランは皇帝の目をまっすぐに見る。
その凛々しい姿が、かつてのヨンジョンの姿と重なって見えて、皇帝の心は大きく動いた。
「皇后様による全ての罪を、間違いを、過ちを正し、陛下のお力を改めて天下にお示しくださいますよう、お願いいたします」
皇帝の瞳から、涙が一筋こぼれて落ちた。
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