第47話 その部屋の片隅に


(ど、どうしよう)


 隣の部屋から聞こえてくる噂話、自分への陰口。

 もちろんソランの耳にもそれらは聞こえている。


「落ち着いてください! ソラン様! あんな陰口、気にしないでください!」

「そうですよ! ソラン様が一番ですもの!」


 璘潾リンリン玟旻ミンミンは負けじとわざと隣に聞こえるような大声で、不安そうなソランを励ます。

 東宮殿で行われた花巫女の選考試験のように、後宮殿でも侍女が三名それぞれつく事なっていた。

 他の貴族の娘たちは、実家から連れてきた侍女たち————身内で固められているが、星宮殿の巫女だったソランにそんなものは存在しない。

 そこで急遽呼ばれたのが、鈴明リンミョン、リンリン、ミンミンの三人だ。

 恩心ウンシムの実家が陽家と関わりがあることが判明し、今回は代わりにリンメイに話が回ってきた。


「まったく……相変わらず貴族のお嬢様って言うのは、徒党を組むのが好きね」


 リンミョンは呆れながら、お茶を入れる。

 そして、どうしたらいいかわからず、真っ青になっているソランにそれを飲むよう促した。


「とにかく、ソラン。一旦、お茶を飲んで落ち着いて聞いてちょうだい。皇太子様から文を預かっているの」

「こ、皇太子様から……?」


 事情をまるっきり聞かされていない状態では、ソランがかわいそうだとフィソンはリンミョンに文を託していた。

 青い封筒に三枚紙が入っており、一枚目には東宮殿でヨンと会ったこと、皇后がこれまでしてきた悪事、ジョアンの事が書かれていて、そのあまりの悪事の多さに驚愕し、ますます顔が真っ青になる。


「なにこれ……なんて酷い……」


 皇后のせいで亡くなったと思われている女たちの名前を見て、ソランは心を痛める。

 こんなにも多くの人から、自分が気に入らないからと理不尽な理由で命を奪ってきたのかと……それらは、蓮水リョンスから聞いていた話とも合致する。

 しかし、ヨンの姿は見えないため、証拠としては弱いとも書かれてた。


 二枚目の方には、これらの事情を全て皇帝に話し、皇太子妃の選定を中止、ソランを皇太子妃にしたいと訴えたことが書かれている。

 実は皇帝も、ミヘが皇室に入ってから不可解な死が多くなっていたことを不審に思っていたらしい。

 だが、こちらも確固たる証拠は見つかっていない。

 疑惑だけだ。

 その上で、話を聞いただけではソランが本当に皇太子妃としてふさわしいかどうか判断は難しいし、宮中の他の者たちにも納得させなければならないということになった経緯が書かれていた。


 そして、三枚目にはソランならできるはずだと励まし————というか、完全に恋文である。

 いかに自分がソランを妃としたいか熱い想いが綴られており、今度はソランは顔を真っ赤にしてはにかんだ。


「————というわけで、問題はどうやって、陛下の心を動かすかなのよ。どんな協力も皇太子様は惜しまないと言ってるけど、作戦を立てないことには、どうにもならないわ」

「そ、そうよね……どうしよう」


(陛下の心を動かせと言われても、私、花巫女になるための修行しかしてこなかったし……————どうしたら……)


 フィソンからもらった手紙は嬉しかったが、皇太子妃となるための教育は受けていない。

 皇太子妃にふさわしいこととは、一体なんなのか、ソランは首をかしげるしかなかった。

 競争相手となる他の娘たちが、どういう手に出るかも予想できない。


 リンリンとミンミンも意見を出し合い、四人で色々考えてみるが、この日は夜になってもいい作戦が決まらなかった。



 ◇◆◇



(はぁ……どうしよう)


 布団に入って横になったが、不安でなかなか寝付けない。

 なんども寝返りを打ち、ソランは一人考える。


(私に何ができるかしら……もし本当に皇太子妃になったら、将来は皇后————この国の母になるってことよね)


 母とはなんだろう。

 あまりに短い間だった、母・望月マンウォルと過ごした時間を思い出すソラン。

 優しくて、暖かくて、頼りになって……いつも自分の味方でいてくれる。

 ソランは母が大好きだった。


(母上の具合が悪くなったのって、いつからだったかしら……)


 宮廷薬師の父にも、治すことができなかった病。


(そういえば……あの時————)


 いつの間にか部屋の片隅にいて、夜になるとこちらを見ていた黒い人のような何かは、一体なんだったのか。

 巫女になった今、改めて考えてみると、あれはもしかして、悪霊や呪いの類ではなかったか。


 そう考えた時、急にソランの胸元が熱くなった。

 エンム妃が肌身離さず身につけるように言っていたあの小さな『返し袋』。

 首から下げられるように長い紐を取り付け、片時も離さないようにしていたその『返し袋』が、どういうわけか熱を持っている。


(なに……?)


 驚いて上体を起こし、手に取るとわずかであるが青白く光り輝いているように見える。

 そして————


「え……?」


 妙な気配がして、部屋の隅に視線を送ると、そこにはがいた。

 母が死んだあの日、笑っているように見えた、と同じものが、こちらをじっと見つめている。



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