最終章 東宮殿の花巫女
第46話 形だけの選定試験
形だけの皇太子妃の最終選考試験。
最終選考に残った四名の貴族の娘たちに加え、花巫女に決まっていた
何が起きてそうなったのか、わけがわからないままソランが会場となっている後宮殿を訪れると、そこにはすでに
(ほ、本当に、私が……一体、なんで……?)
わけがわからないのは、この場にいるジョアンたちも同じだ。
花巫女が皇太子妃候補の最終選考の場にいることなんて、歴史上初のことである。
後宮殿に住まう女官たちの視線は、その珍しい光景に釘付けだった。
前方の高座では、皇帝の側室妃たちが椅子に腰掛けており、その中には
真ん中の三席が空席となっていたが、そこへとても不機嫌そうな表情をしながら現れた
(皇太子様……!)
フィソンの視線はしばらくソランに向いていたが、やや遅れて来た皇帝の圧に負け、すぐに視線をそらした。
皇帝は席に座ると、こう宣言した。
「皇室の花巫女制度は、廃止とする」
ざわつく場内。
長い星華帝国の歴史の中で、こんなことは初めてだ。
それでは、花巫女に選ばれたソランはどうなってしまうのかと、場内にいたソランを応援していた下級女官たちは心配していたが、ジョアンだけは心の中で笑う。
これで邪魔者はいなくなったと思ったのだ。
しかし————
「以前から制度の見直しは検討すべきだと、朕は考えていた。よって、すでに花巫女として選ばれた巫女・
皇帝がそう言うと、さらに会場はざわついた。
花巫女の制度が廃止になるというのはいいとしても、皇太子妃になる機会を、貴族の娘ではないソランに与えるなんて、ありえないことだ。
そもそも、形だけの選定試験だと聞かされていたジョアンは、試験の場に皇帝がいることも聞いていなかった。
これでは話が違うのではないかと、不安になり皇后の方を見るが、皇后は不機嫌そうに眉間にシワを寄せているだけで、ジョアンの方を見向きもしない。
「皇太子妃の候補者は、建国時の功臣であった者たちの血を引いた貴族でなければならない決まりがあったはずだ。だが、この中に貴族ではない者が混ざっていることはわかっている。それに、朕の聞いたところによれば、過去にも本来の生まれた日を偽ったり、特定の家の娘を選ぶようにと賄賂を送った者がいたそうではないか」
基本的、皇太子妃の選定について権限があるのは皇后だ。
皇太子本人や皇帝はそこには一切関わらないのが通常であったが、そこに不正や疑惑があるのならば、正さなければならないと、皇帝は主張する。
「よって、今後は皇太子妃となる者の身分も、問わないこととする。これから行われる最終試験の内容は、ただ一つ————」
その場にいた皆が息を飲んで、皇帝の言葉に集中する。
「————朕を納得させよ」
期間は五日。
この五日以内に、皇帝が一番、皇太子妃に相応しい人間であること、なぜ自分こそが皇太子妃にふさわしいか、皇帝に示せというものだった。
「家柄は問わない。血筋も問わない。己の器量のみを示せ。朕の心を最も動かした者を、皇太子妃とする」
◇◆◇
「ありえない……どうしてこんなことに……」
「きっと、あの花巫女が何かしたのよ!
「まぁ、なんて恐ろしい……」
「それに、陛下が仰っていた貴族ではない者って一体誰のこと?」
「私じゃないわよ?」
「わかっているわよ! あなたのことは子供の頃から知っているもの」
皇太子妃候補となった五名それぞれに、後宮殿の部屋が与えられた。
隣の部屋にいるソランにわざと聞こえるように、ジョアン以外の三名の貴族の娘たちが集まって話し込んでいる。
この三人はれっきとした貴族だ。
今は陽家とは別の少数派閥の力の弱い貴族の娘であるが、長い星華帝国の歴史の中では、彼女らの一族が力を持っていた時代も確かに存在していた。
「やっぱり、あの子じゃない?
「そうよね、あの子だけは、私一度も会ったことがないもの」
「惑家と言えば陽家とは親戚でしょう? すでに内定者がいるって噂になっていたけど……やっぱりあの子のことよ。まさか、皇后様が貴族の血筋ではない子を選ぶなんて、信じられないわ」
「まったく、何が起きているのかしら……」
候補者たちがそんな話をしている中、ジョアンは皇后の部屋を訪ねていた。
「————一体、どういうことですか!? 話が違うではありませんか!!」
形だけの試験のはずだった。
結局、選ぶのは皇后なのだから……と。
それなのに、皇帝が選ぶとは……皇后からなんの説明もなかったことに、ジョアンは怒りをあらわにする。
「仕方がなかったのよ。急に、陛下がそうお命じになられたの。花巫女の制度を廃止し、決まりを破った私からは皇太子妃を選ぶ権限を奪うと……!! あなたこそ、聞いていた話と違うじゃない!!」
皇后が権限を奪われたのは、候補者の中に貴族の血筋ではない者を引き入れたと言うのが大きな理由だった。
ミヘはジョアンが養子だと知っていたが、商人の娘であるとは聞いていない。
ジョアンもジョアンで、自分の身分を偽っていた。
ジョアンの両親は妓楼を経営している商人。
母は没落した貴族の娘とされていたが、実はそれは母の異父姉の話だった。
ジョアン自身には、貴族の血は一切流れていない。
「生まれた日も、全て嘘だそうじゃない! 一体どう言うことよ!?」
話がわかる娘だと気に入っていたが、まさか自分が過去についた嘘よりも上をいく娘だとは、ミヘは思いもしなかった。
「それを言うなら、皇后様こそ!! あの花巫女を使い物にならなくさせる話はどうなったんです? どうして、今もあの女が……っ!!」
ジョアンの計画では、ソランを失脚させ、傷ついたフィソンに取り入るつもりでいた。
初夜であの虎から作られる薬を使い、完全に落とす計画も、虎が行方不明になってしまったせいで、ありとあらゆる計画が総崩れになり、かなり苛立っている。
「……あの女の話はしないで!! 本当に、気に入らない!! いつものように呪い殺したくても、星宮殿の結界に守られていて何もでき————あぁ、そうよ…………そうだわ……」
ミヘは何か閃いたようで、急に押し黙ったかと思うと、すぐに口角をあげ、ニヤリと笑った。
「この五日間は後宮殿にいるのよね?」
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