第45話 異例の通達
「私ね、今の皇后が大嫌いなの。皇巫もそう。権力のために巫女としての誇りを捨て陽家の下についている。神に仕えるべき存在が、落ちぶれたものだわ……」
突然の皇后と皇巫批判。
それもとても穏やかな口調で言うものだから、ソランは理解が追いつかなかった。
エンムは皇后とも皇巫とも良好な関係にあると思われているが、実際は腹に抱えているものがあったのだ。
「皇巫の地位は子育ての両立が思いの外大変だったから、やめられるならと譲ったけれど、今では譲ってしまったことを後悔しているの。私は権力になんて全く興味がなかったし……そもそもね、男にも興味がなかったの」
「へ……?」
「それでも巫女としての才能があったせいで、花巫女に選ばれた。本当はものすごく嫌だったけど、仕方がなく役目を果たしたわ。おまけに子供までできてしまった。子供は昔から好きだったからね、小さい頃は可愛くてたまらなくて……————国の安寧よりも息子を優先して甘やかしたわ。まぁ、そのせいで、とんでもない愚息に育ってしまったけれど……」
エンムが子育てに追われている間に、星宮殿で巫女として共に育った大切な友人が一人、皇帝のお手つきになった。
「あの子は巫女としてはそこまで強い力を持っていたわけではなかったから、星宮殿を出てすぐに側室になったわ。そして、懐妊がわかった直後に、死んだの。私はあの子の死体をこの目で見た時、それが鳥家に代々伝わる呪法であることに気がついたわ。その呪法で使う鬼神が、死体のそばにいたからね。皇后は別邸に花巫女になれずに終わった巫女たちを密かに集めて、呪いの儀式を行っていたの。あなたと一緒に花巫女の最終試験を受けたエンガは、元いた離宮に戻されたことになっているけれど、実際はその別邸にいるはずよ。巫女としての力は保証されている鳥家の娘だもの」
「そんな……エンガさんが?」
鳥家の呪法が使われたと気づいたエンムは、その証拠を掴もうと長年自分にはもう巫女の力が残っていないと嘘をつき続けた。
実は花巫女には出産後に、巫女の力を失うという事例は過去に起きてる。
一説では、花婿の穢れをその身に受ける花巫女の体内で浄化される際に、巫女の力が底をついてしまったと言われている。
エンムも自分もそうだと、皇后と皇巫の害にはなり得ない道化を演じていた。
「私も、ヨン様の意見には賛成なの。花巫女の制度があるからこそ、男たちは側室を持つことに罪悪感をまるで持たないわ。自分は平等に愛しているつもりでいてもね、女たちは満足できない。不満や嫉妬、憎悪ばかり生まれて、それが強ければ強力な呪いになる。花巫女と花嫁に役割を分けてしまったのが、そもそもの間違いだと思っているわ」
「ヨン様……————って、え、エンム様にもヨン様の姿は見えていたんですか?」
「ええ、見えていたわ」
「それなのに、どうしてご自分でことを起こそうと思わなかったんですか?」
「だから……言ったでしょう? 私は男に興味がなかったって」
巫女として力はあっても、男に興味がない。
皇后と皇巫の役割を一つに戻すということは、皇帝から身も心も愛されなくてはならないし、エンム自身も皇帝を愛さなければならなかった。
「まさか、あのたった一回の夜伽で子ができるなんて思ってもいなかったからね。一度だけだからと腹をくくって、我慢して花巫女をやったの。それでも、私は心まで陛下に渡した覚えはないわ。これから先も、そんなことは絶対にありえない。心を渡さない女を、皇后にしろっていうのもおかしな話でしょう?」
もしヨンジョンが二人目の花巫女として役目を果たしていれば、二人は仲睦まじい夫婦となっていた。
あのままうまく行っていれば、皇帝は側室を何人も作ったり、手当たり次第に女に手を出すようなこともなかっただろう。
「だから私では、ヨン様が望んだ存在にはなれなかった。それとも、あなたももしかして、フィソンの他に誰か慕っている人がいるのかしら?」
「いえ、そんなことはありません。ただ……その、私は恋というものをしたことがないので、皇太子様をお慕いしているのかどうかは自信が持てなくて……————」
「まぁ、そうなの?」
「皇太子様は、その、私のことを小さい頃から思ってくださっていたとは聞いているのですが……なんといいますかその、嫌いではないんですけど————そばにいるとついその……夜伽のことを想像してしまいまして、緊張してしまうのです」
ポッと頬を赤く染め、もじもじしてるソラン。
「講義で習った通りのことを皇太子様と私がすると考えると、恥ずかしくもあり、怖くもあるのですが……だからと言って、絶対に嫌かと聞かれればそうでもなく…………心は落ち着かないのです」
「それじゃぁ、皇太子とそばにいるのは辛いの? 遠くに行って欲しい?」
「いえ! そんな風には思っていません! 皇太子様が行方不明と聞いた時には本当に心配で、いてもたってもいられなくて————ついあんな行動に出て……」
「あんな行動?」
「あ、いえ、なんでもないです」
危うく星宮殿を抜け出したことを言ってしまいそうだった。
(危ない……危ない。それだけは、絶対に言ってはダメよ。町中であんなことをしていたなんて、もしバレたら皇太子様にご迷惑がかかってしまうわ)
エンムはソランの様子から、最初は違ったのかもしれないが、一度意識してしまうと、興味がなかったのになぜかどんどん惹かれていくお決まりのやつではないかと悟る。
本人はまだ気がついていないが、ソランの表情は恋する乙女そのものに見えた。
「まぁ、いいわ。いずれ自分で気がつくでしょう。それより、いい? いつも必ず肌身離さず身に着けておいてね。この袋が呪いをかけた本人に跳ね返してくれるから」
「は、はい。わかりました。ありがとうございます」
そうして、少し時は流れて皇太子妃候補の最終試験が始まる前日————星宮殿で大人しくしていたソランの元に、異例の通達が届いた。
「私が、皇太子妃の最終試験に————?」
【第九章 猫が描いた夢 了】
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