第42話 親と子


(おかしい。フィソンに儂の姿は見えていなかったはずだ……!!)


 何百年も東宮殿に猫又の姿で居座っているが、この姿が見える男は少ない。

 一昨日行方不明になる前も、ヨンはフィソンの前を歩いていたが全く気づかれていなかった。

 となれば、考えられる理由はたった一つ。

 昨日、巫女の力を持つものと接触した可能性だ。

 強い巫女の力は、一時的だが唾や血液などの体液から感染ることがある。

 その場合、効力は長くても一日。

 花巫女の選定試験が終わってから四日経っている。

 計算が合わない。


(まさか……————)


「お前、ソランとヤったのか!?」

「は……!?」


 突然目の前に現れた猫。

 しかも、しゃべる猫に驚いてフィソンの目が点になる。


「え? 今喋った? それに……え? ヤった?」

「それとも、他の巫女か!? この浮気者め!!」

「なっ!! 何言ってるんだ!? 失礼な!! 浮気なんてするわけないだろう!?」


 フィソンは否定する。

 自分はソラン一筋。

 バカにするなと。


「まさか、行方不明になっているとは聞いていたが、星宮殿に忍び込んだのか!?」

「そんなことするわけないだろう!?」

「じゃぁ、どこでヤった!? 儂の姿が見えると言うことは、昨日だろう!? まだ正式な日取りも決まっていないというのに!!」

「うるさいな! ヤった、ヤった言うな。ちょっとその、口付けしかしてない。品のないやつだな」

「ソランは星宮殿にいたはず……どう言うことだ?」


 基本的に東宮殿の門の周りくらいまでしか行くことのできないヨンは、ソランが星宮殿から抜け出したことを全く知らなかった。


「聞きたいのはこっちの方だ。お前は一体なんなんだ? 猫なのに尻尾が二本あるし、その上、人の言葉を話すだなんて……妖か? まさか、この俺に危害を加えようて言うんじゃないだろうな?」

「ふざけるな。儂をそこらの低級な妖と一緒にするな。神だぞ」

「神……? は?」

「それに、お前の祖先だ。敬え、このむっつり助兵衛め!!」



 ◇◆◇



(ど、どうしよう……)


 星宮殿を抜け出すためについた嘘のせいで、皇巫が心配して宮廷薬師を呼んだとは聞いていたが、まさか、その薬師が自分の父だとは思ってもいなかったソラン。

 実に、十二年ぶりの親子の再会なのだが、仮病であることはバレバレだった。


「まったく、顔は俺の若い頃にそっくりなのに、やっていることは望月マンウォルそっくりだな」

「ご、ごめんなさい」


 花巫女の体に触れるのは、薬師であっても、家族であっても禁止されている。

 そのため、症状を聞いて薬を処方するつもりでいたが、熱もなければ鼻水も出ていない。

 わざとらしい咳をして見せただけ。


「お前は、風邪をひいたらまず鼻声になるんだ。マンウォルもそうだった。俺の帰りが遅いと、拗ねて風邪をひいたフリをする」


 それがソランの母・マンウォルが新婚の時によくやっていた咳とそっくりで、リョンスはやっぱり親子なのだなと思った。


「てっきり、あの皇后がまた何かしたんじゃないかと思ったのに……」

「え……? 皇后様?」


 急にまったく関係ない皇后の名前が出てきて、ソランは首を傾げる。

 昨日、星宮殿に来ていたことは他の巫女から聞いているが、自分の仮病とどう結びつくのかわからなかった。


「皇后が昨日、星宮殿に来ていたと聞いたが……まだ何もされてはいないようだな」

「まだ……?」

「ああ、妙なことを言われたり、体にいいからと食べ物をもらったりしていないよな?」

「会ってもいないのにどうしてそうなるの? 皇后様が来たのは、皇太子様を探すのに皇巫様の力を仮に来たためだと聞いたわ。まぁ、皇巫様が術を使う前に戻っていらしたようだけど……」


(父上が相手でも、まさか、直前まで一緒にいたなんて、口が裂けても言えないわ)


「どうしてそんな心配を? 私は皇后様に嫌われているから……多分会いたくもないと思うんだけど」

「嫌われているからだ」

「え?」

「……ソラン、本当は、この話はお前が花巫女として儀式を無事に終えてから言うつもりだったんだが————」


 リョンスは煎じ薬の調合をしつつ、過去に東宮殿で起こった事件のことをソランに話した。

 それが、リョンスがソランの体調不良がミヘによるものと思った理由だからだ。


「あれは、確かお前が一つか二つの頃だ。今はもう亡くなってしまったが、俺は当時の皇后様————美愛ミエ皇后の担当薬師の元で修行をしていた。とても優秀な人で、尊敬していた。だが、ある日気がついた」


 当時リョンスは宮廷薬師になっていたものの、まだまだ下っ端。

 両親を早くに流行病で亡くしてしまったリョンスにとって、その薬師は師匠であると同時に、父親のような存在だった。

 ところが、処方された通りに薬を調合していたリョンスは、ミエ皇后が毎日飲んでいた薬の中に、異常があることに気がつく。


「その薬師が処方した薬の中に書かれていた甘草カンゾウの量が異常だった」


 甘草が処方されることは、何もおかしなことではない。

 だが一日に飲んでいい量が決まっている。

 過剰に摂取したり、長期間にわたって摂取すると命に関わる。


「ミエ皇后様は、母乳が出にくい体質だった。その改善のために処方されていた薬の甘草の量がおかしかった」


 リョンスはそのことを、薬師に尋ねた。

 この量を毎日飲み続けていては、逆に体調が悪くなるのではないかと。

 だが、薬師は言った。


「『このまま宮廷で薬師を続けていたいなら、黙っていろ。女房も娘もいるのだから』と脅されたよ。リンミョンのことも……『もし、このことを誰かに話したら、女官見習いの妹も宮廷を追い出されるぞ』と……————」


 今宮廷を追い出されたら、家族を養っていけない。

 リョンスは家族のために口をつぐんだ。

 そして、それが誰の指示によるものだったか知ったのは、ミエ皇后が亡くなった後のことだった。


「黒幕は陽家の人間だ。ミエ皇后のお父上は、陽家と対立していた家の出身だった。ミエ皇后が選ばれた当時はまだ皇太后様もご存命だったから、陽家に力が偏らないようにされていたんだ」


 現皇帝の母である皇太后は、ミエ皇后が亡くなる数年前に亡くなっている。


「それに、後宮殿でも、側室が何人か死んだ。皆、ミヘ皇后に嫌われていた側室だった」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る