第八章 親心と恋心
第36話 似ている二人
現皇帝・
できるだけ考えないようにしていたが、やはり
(似ていたな……
四年前に結婚した
フィソンが選んだ花巫女とは、全く違う系統。
自分も皇太子の頃に選んだのは、その系統であった。
あの頃は、若すぎて恋なんてものをしたこともなく、誰を選べば良いかもよくわかっていなかった。
女なら誰でもいいと、自分の意思で選んだというよりも、他者の影響が大きい。
父や周りにいた男たちが選ぶ系統の女性が、良い女性というものなのだろうと思っていた。
それに望めば、どんな女でも手に入る。
父親の側室だって……
自分はそういう立場の人間なのだと、そう思い込んでいた。
そんな中、初めて自分が心から欲しいと思ったのは、後宮殿で舞っていた巫女。
それも、男の格好をしていた。
なんともおかしな話だが、男の姿で舞っていた女に恋をした。
けれど、あれだけ強烈に心惹かれたのは、ハンソンにとってヨンジョンただ一人。
二人目の花巫女を選ぶ時、その中にヨンジョンがいるのを知った時は、どれだけ嬉しかったか。
ヨンジョンもその思いに応えてくれた。
ハンソンは心から彼女を愛していた。
だからこそ、花巫女に選んだというのに、ヨンジョンはすでに他の男のものだった。
信じたくはなかった。
自分が初めて心から愛していた女が、偽りを言っていたなんて。
男など知らないという顔をしていたくせに、あんなに多くの男と通じているような女だったなんて。
ハンソンは心に大きく空いた穴を埋めるように、皇后となった
嫌がるミエを、犯すように無理やり抱いた夜もある。
ミエが懐妊してからは、手当たり次第に後宮殿の女官に手をつけたこともあった。
そうして生まれたフィソンが選んだ花巫女が、なんの因果かヨンジョンに似ている。
中性的で、可愛らしいというより、美しい顔立ち。
花巫女を選ぶ権利は、花婿にしかない。
皇帝だろうが、父親だろうが誰も何も言うことはできない。
(同じように騙されてはいないだろうか……)
ハンソンは星宮殿ではあの一件以来、巫女の管理は厳しくなったと聞いている。
流石に問題のある巫女を花巫女の候補に選ぶようなことは、もうないだろうとわかってはいるが、心配でたまらなかった。
自分の息子が、同じ思いをしないか不安になる。
花巫女に簪を渡したあの時、フィソンはとても嬉しそうな表情をしていた。
いつも眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな表情をしているあのフィソンが、あんな表情をしているのを、ハンソンは初めて見たのだ。
(何も起きなければいいが……————)
「…………カン内官」
「はい」
「フィソンの花巫女……確か、宮廷薬師の娘だったな?」
「ええ、その通りでございます。陛下」
「どんな男か調べろ。内密にな。誰にも悟られるな」
「はい、かしこまりました」
内官が出て行くと、ハンソンは、棚の奥に何年も隠していた古い紙をそっと取り出して、その文字を指でなぞる。
それは、無実を訴え続けたヨンジョンが、自分の血で書いた最後の手紙だった。
◇◆◇
「————ちょっと、
「え? なにが?」
師匠である
すっかり夜になってしまったが、花巫女のお祝いをしようと仲の良い他の巫女たちが集まっていた。
しかし、どうも心ここに在らず。
「何がって、せっかくみんなソランが花巫女に選ばれたお祝いのために集まったのに、なんだか様子が変よ? サンウォル様に何か言われた?」
「え、えーと、そういうわけじゃ……」
「まさか、またどこか打たれたりしてないわよね!?」
自分たちも何か悪いことをして、折檻されたことはあるが、誰よりも厳しく育てられたソランは、その回数が多かった。
ソランも成長したため、最近はそんなことはなくなったが、一次試験の時にソランが頬を打たれたところをみんな見ている。
「だ、大丈夫よ! もう、子供じゃないんだから! それに、花巫女に選ばれたんだから!」
「そう……? ならいいんだけど、でも、なんだかとても浮かない顔をしているわ」
「それは、その……」
ソランは迷った。
サンウォルから聞いた話を、みんなにしてもいいものだろうか……と。
聞かされた時に自分でも途方のないことだと思った。
皇巫であり皇后でもある存在になんて、そんな途方も無いこと、想像できない。
サンウォルは、ソランが選ばれたのは、神の御意志によるものだと言っていたが、そんな実感はまるでなかった。
(どうしよう……困ったわ)
皆がソランの発言に注目していると、そこへドタドタと忙しない足音が近づいてくる。
「————大変です!! ソラン様!!」
息を切らしながら、見習いの巫女がソランの部屋に飛び込んできた。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
「大変なんですよ!! 今、皇太子様のお付きの……
星宮殿には、皇巫の許可がなければ男は入ることができない。
そのため、シン内官は門番に言った。
それを、見習いの巫女が慌てて伝えに来たのだ。
「皇太子様が、行方不明だそうです!!」
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