第32話 花巫女の起源
星華帝国が建国される前、この地域一帯は複数の民族と複数の小国が乱立した戦国時代であった。
初代皇帝・
テソンは
これにより国は安定すると思われたが、大飢饉により民の暮らしは困窮。
それにもかかわらず、過度な徴収と王が直々に下した打開策はことどとく失敗。
多くの民が死んでしまった。
さらに王室では、王妃や王子妃が謎の病によって死亡するという事態も起きてしまう。
当時は、死は穢れであるという考えが今よりも強くあり、「無能な王は、無実の民を多く殺し、その身に受けた穢れで王妃を殺した」という話が広がる。
王族に対する不満が爆発し、民衆は領土拡大の功労者で、なおかつ人格者だと有名になっていたテソンを担ぎ上げた。
テソンは、自分が王になるつもりはなかったが、ヨンと
初代皇帝となり、ヨンは巫女として最高の地位である皇巫になる。
テソンが未婚だっため、皇后を誰にするかが問題になった。
その頃には、民衆の間でも男の初めての相手が、早死にしたり、謎の病に犯されることが相次いで起こっていたのだ。
女たちは初めての相手になる事を避けるようになる。
そのせいで建国の功臣たちは、自分の一族から皇后を選ぶことを躊躇していた。
最初に皇后となった娘は、すぐに死んでしまうだろうと……
自分の大事な娘を、そんな危険な目に合わせられない。
また、実はテソンは以前から想いを寄せていたのはヨンただ一人だった。
もしヨンが皇后となってしまえば、自分の穢れのせいで、噂になっているように同じように命を失ってしまうかもしれない。
そう思うと、その想いを伝えることもできなかったらしい。
ならば「死んでも良い女を用意すれば良いのではないか」という話も出たが、「死んでも良い民なんて存在しない」とテソンは反対。
民衆はテソンの民に対する思いに感動。
テソンはますます民衆の心を掴んでいった。
しかし、やはりこのまま決まらなければ、世継ぎが生まれず、建国した意味がなくなってしまうと、ヨンは自ら皇后になることを提案する。
巫女の自分であれば、その穢れをきっと浄化することができるだろうと。
さらに世継ぎを生むように、神託も受けた。
こうして、ヨンは皇巫でありながら皇后でもある存在となる。
巫女の力のおかげで、ヨンが早死にすることはなかった。
それどころか、テソンとの間に皇子を三人、皇女を二人も産んだのだ。
おかげで国は安泰する。
「————でも、それから十五年後、当時の皇太子様の婚姻の時、初夜で皇太子妃が死んでしまったの」
皇太子の穢れを受けた皇太子妃は、その日のうちに死んでしまった。
初めから皇太子妃には、巫女の力を持つ娘を選べばよかったのだが、巫女の力を持つ貴族の娘はそう多くはない。
自分たちの保身のためにも、身分の低い者を皇室に入れるわけにはいかないと考えた貴族たちは、巫女の力を持つ娘に初めての相手をさせ、正妻は貴族の娘とする仕組みを作った。
「巫女の力を持つ娘は初めての相手をしても、死ぬことはない。だったら、初めから、そういう娘たちを集めておくべきだと……」
そうして、できたのが花巫女の風習だ。
貴族たちも自分の息子を婚姻させる前に、花巫女を使うようになり、その風習は星華帝国全土に広り、星宮殿は祭祀のために巫女が住まう宮殿だったが、いつしか男子禁制の花巫女を育成する場所に変わっていった。
ヨンは、巫女の才能を持つ娘たちの育成に力を入れる。
だが、男女の仲というのは、そう簡単にうまくいくものではなかった。
花巫女が花嫁に嫉妬して呪詛をかけたり、逆に花巫女に夢中になってしまった花婿が、花嫁を冷遇。
その嫉妬により東宮殿で花巫女が殺されるなど、宮廷には怨念が溜まっていく。
自分が娘のように育てた巫女たちの不遇を知り、心を痛めたヨンは、花巫女の制度を見直すように訴えた。
ところが、その頃にはもう星華帝国は孫の代に皇帝が変わっている。
ヨンはテソンよりも長く生きたが、三代目の皇帝は祖母の訴えを受け流した。
老人の古い考えではなく、自分が新しい時代を作っていくのだと意気込んでいたからだ。
もっと早くにこのことに気がついていれば、救えた命がいくつもあったかもしれないと悔やんだヨンは、東宮殿で殺害された花巫女の御霊を鎮めるために残りの時間を使い、毎日祈祷するようになる。
そして、あの東宮殿の池のそばで、その生涯の幕を下ろした。
「————それでも、やっぱり多くの花巫女が死んでいったわ。自ら命を断つ人もいたし、意図的にそうさせられた人も、嫉妬に狂った正妻から毒殺された人も……」
サンウォルが見せた『芙蓉伝絵巻』は、ヨンの生涯と花巫女の風習がどのようにしてできたものか詳しく書かれている。
ソランはその絵巻を見ながら、サンウォルの話を聞いていたが、ヨンのそばには常に猫が描かれていることに気がついた。
尻尾は二つに別れていないが、その猫の絵が、東宮殿でソランに話しかけてきた猫又に似ているように思える。
「……あの、師匠。この猫は?」
「ああ、これ? これはヨン様が飼っていた猫よ。よく似た猫又に、東宮殿で会わなかった?」
「え……?」
「覚えていないかしら? あなたが小さかった頃、東宮殿で一緒に見たでしょう?」
覚えているに決まっている。
ソランはあの時は、それが猫又と呼ばれている妖であることは知らなかったが、先日会話までした。
夢だったのではと疑いはしたが……
「飼っていた猫が猫又になったってことですか? でも、どうして東宮殿に……? それに……————」
(あの猫又、自分のことをヨンって……)
自分の飼い主の名前を、どうして猫又が名乗っているのかわからない。
「私はね、いつかあの猫又の姿が見える巫女の才能を持つ娘を、育てるように神託を受けていたの」
「え……?」
「次に自分の姿が同じように見える娘を見つけたら、必ず花巫女として育てるように————ヨンジョンのためにも」
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