第30話 世界を変える


(ああ、どうしよう!! 思い出したらまた鼓動が……っ!!)


 とっくにフィソンは帰ったというのに、ソランはフィソンにされたことを思い出しては顔を真っ赤にし、鼓動が早くなっているのを感じる。


(こ、こんなに鼓動が早いし、音も大きく聞こえるなんて……私、どこか悪いのかしら!? せっかく皇太子様に花巫女に選んでいただけたのに!! 死ぬの……!? いやいや、私の寿命はもっと長いはず。そうよ、師匠が七十歳以上は生きるって占いで言っていたし……)


 じっと座っていることができず、部屋の中をぐるぐると意味もなく歩き回って、同じことを考えてしまうソラン。

 こっそりソランとフィソンの様子を扉の隙間から見守っていたリンリンとミンミンは、事情がわかっていてニコニコと笑っている。


「もう、ソラン様、落ち着いてください」

「まぁ、あんなに情熱的な口付けをされては、わからなくもないですけれど」

「そうそう! それに皇太子様とソラン様って、運命の相手よね。十二年前にも二人であの池に落ちただなんて」

「……ん? 十二年前にも池に落ちた?」


 ソランは急になんの話かとピタリと動きを止め、リンリンとミンミンの方を見る。


「皇太子様がおっしゃていたではないですか、十二年前に、お二人ともあの池に落ちているって……それからずっと、皇太子様はソラン様を探し続けていただなんて、まるで夢物語のようで素敵です」

「え……? そ、そんな話、してたっけ?」

「もう、ソラン様ったら、しっかりしてくださいよ」


 フィソンは十二年前のことをソランに話したが、ソランは自分の心臓の音と唇に残っている初めての感触に上の空になっていた。

 はたから見たら会話が成立しているようにしか思えなかったが、実はソランは何を話したか全く覚えていない。


「ごめん、えーと、その話詳しく聞かせてくれる?」

「ええ? ですから————」


 リンリンは声を低くして、フィソン。

 ミンミンはソランのモノマネをし、多少大げさに脚色しつつ二人の会話を再現してみせた。


「……あの日から、ずっとお前を探していたんだ」

「皇太子様……っ!!」


 最後には抱き合う二人。

 ソランは見ていられなくて、さらに顔を真っ赤にする。



(え……私、そんな風に話したの?)


 とんでもなく恥ずかしくて、その日は一睡もできなかった。




 ◇◆◇



 翌日、皇帝や皇后、他の皇族や高官たちが見守る中、花巫女最終選考の結果が発表される。

 横一列に並んだ花巫女候補四名の前に、ソランの色である淡い紫色の衣を着たフィソンが立った。


「皇太子様の花巫女は、花咲蘭ファソランが選ばれました。花巫女は皇太子様と皇太子妃様の婚姻の日が正式に決まるまで、星宮殿で待機。その間、皇太子様以外の男性との接触は禁止です。家族、親族であっても、男性との接触は禁止。皇太子様以外の者に触れることは一切許されません」


 最終選考を取り仕切っていた上級女官がそう宣言をし、フィソンの手から直接花巫女の証である純金でできた花のかんざしをソランが受け取ると、会場では拍手が起こった。

 落選したエンガは、悔しそうにソランの方を睨みつけ、ソランが気にくわないミヘはとても不機嫌そうな顔をしていたが……


 正式に決まった東宮殿の花巫女。

 彼女の本当の仕事は、これからが本番だ。



「————おかえり、ソラン。よく頑張ったわね」

「師匠!」


 星宮殿に戻ったソランを、想月サンウォルは優しく抱きしめる。

 まるで母娘の再会のように思えるほど、感動的な光景で、ソランが念願の花巫女に選ばれたことを星宮殿の皆が祝福していた。



「二日間、罰を受けたと聞いた時は、肝を冷やしたわ……まったく、何をしているの。勝手なことをして……」

「ごめんなさい。でも、ちゃんと花巫女に選ばれたし、これで、私————もう、自由にしていいよね?」

「……自由?」


 サンウォルは、ソランが何を言っているのかわからず、首を傾げる。


「皇太子様の婚姻が終わって、花巫女の役目が終われば、もう自由に出歩いていいんでしょう? みんなみたいに、私、一人で————」

「何言ってるの? ソラン? 私がなんのためにあなたを花巫女に育てたと思っているの?」

「え……?」

「あなたはこれから、花巫女になって皇太子様をあらゆる穢れや呪いからお守りするの。そして、必ず、皇太子様との間に皇子を産むの。正室より早く。皇太子様が皇帝となられたその時は、あなたは皇巫であると同時に皇后になるのよ? 遊んでいる暇なんてないわ」


(皇后……? え?)


 ソランは、サンウォルが何を言っているのかわからなくて、困惑する。

 皇太子が皇帝になれば、花巫女である自分が皇巫の地位につくのはわかる。

 しかし、皇后になるというのは、意味がわからなかった。

 この国は、皇后と皇巫が皇帝を支え、均衡を保っている。

 花巫女は側室にはなれても、正室————皇后になることはできないはずだ。


「いい、ソラン? あなたは、この国を————世界を変えるために、この国の母となる存在なの。そのためには、皇太子様の身も心もすべて虜にして、決して、他の女が付け入る隙を与えてはいけないのよ? これは、神の御意志で、あなたに与えられた使命なの」

「世界を変える……? え……? 使命……?」


 ソランはまだ知らない。

 これから先、何が起きるか。

 東宮殿の花巫女に決まったばかりのソランは、まだ、何一つ知らなかった。

 サンウォルのいう世界が、神が何者なのかを————



【第六章 それぞれの初恋 了】

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