第25話 アレ


「————宴会……?」

「そうです。アレです」

「アレって……?」

「……ソラン様は、本当に何もご存知ないのですね」


 四日目の朝、ソランは運ばれて来た朝食に手を伸ばしていた。

 夜中にヨンと話した後、気づいたらぐっすり眠っていたせいか、また腹の虫がぐうぐう鳴いている。

 ウンシムは呆れながら、今夜行われる宴会について説明する。


「お酒の席というのは、一番その人の人となりが現れるものなのです。なので、花巫女の最終選考期間中、毎回必ず行われるのが、この宴会です。お酒を飲んだ状態でも、花巫女として祓いの儀式をきちんと遂行できるかどうか見極めるんですよ。酒癖が悪くて、大事な皇太子様のお体に傷をつけるようなことがあってはなりませんからね。ソラン様はお酒にはお強いですか?」

「え? お酒……? 飲んだことがないので、わからないです」

「そうですか……でしたら、あまり飲まないようにお気をつけください」


 ウンシムの話によると、どんなに巫女として素晴らしい人物でも、酒を飲むと豹変する人物というのは一定数いるらしい。

 過去には、酔うとなんでも噛む癖がある者がいて、花婿の体に歯型がいくつもついたとか、大事な部分も噛まれてしまって、夜伽どころじゃなくなった……なんてこともあったとか————


「醜態を晒す可能性があるなら、できるだけ飲まない方が身のためです」


(もしかして、ヨンが言っていたのって、これのこと?)


 その通り。

 過去に何人もの花巫女候補者が、初めて酒を口にし、酔っ払い、皇太子やその他諸々に様々な迷惑をかけてしまっていた。

 どんな状態にあろうと、花巫女は自分の花婿を守らなければ話にならない。

 物理的な攻撃であれば、護衛の武官が制することができるが、目に見えないものに襲われたら、対処できるのは巫女だけだ。

 ヨンには巫女の才能がどのくらいあるか判断できても、さすがに酒の強さは飲ませて見ないことにはわからない。

 だからこそ、あまり調子に乗って飲みすぎないように忠告するために姿を現したのだ。


(き、緊張してきた。お酒って、儀式で使うことはあるけど、口にしたことはないのよね……失敗したらどうしよう)


 代わりにウンシムの助言を受け、ソランはやや緊張気味に宴会の席についた。

 ところが————


「何これ……美味しい……!!」


 初めて飲んだ酒の味は、ソランの口にあっているようで————

 バッタバッタと他の三人が倒れていく中、ソランだけは少々頬を紅潮させた程度で、一人飲み続けた。


「大丈夫なのか……? そんなに飲んで……」

「大丈夫れすよ! っていうか、皇太子様は飲まないんですかぁ?」


 若干呂律は回っていない気もしたが、本人が大丈夫だというのでフィソンは止めなかった。


「私は全員の様子を見ないといけない立場だからな……飲んではいけないんだ」

「そうらんれすれ……」


 寧ろ酔っ払っているソランが可愛くて、上機嫌で飲ませ続けている。

 酒の強さも、花巫女として申し分ないとわかって嬉しくなっていた。

 酔っ払っているせいなのか、宴会が始まった当初は表情が硬く、とても緊張しているようで近づきがたかったソラン。

 今ではフィソンにべったりくっついていて、フィソンもまんざらではない。

 ソランが満足するまでとことん酒に付き合った。


「本当に大丈夫なんですか? そろそろ止めた方が……」


 流石にそろそろ危ないような気がして、ウスが声をかけるが、フィソンは全く気にしていない。


「今、本人が大丈夫だと言ったんだ。大丈夫だろう……」

「そうれすよぉ……わらしなら、全然だいじょーぶです。あれ……? ところで、いつもの内官さんは今日はいないんですかぁ?」

「ああ、あいつは使いに出してる。なんだ? 何か用があったか?」

「ないれす。ただ、あの内官さんはいつも一緒にいるので、気になっただけれす」


 シン内官は、イム元内官を呼びに南方の村へ向かった。

 おそらく、明日には戻ってくるだろうとフィソンは思っている。

 戻って来たら、イム元内官に確認するつもりだ。

 あの時の娘が、ずっと探していたあの少女が、ソランではなかったのか。

 イム元内官は仕事はできない男だったが、記憶力だけは異常にいい男だった。

 なぜその記憶力を、仕事に生かさないのかと叱咤したこともあるくらいだ。

 それと、酒癖も悪かったことを思い出した。

 あの醜態と比べたら、ソランの呂律が回っていない程度、なんてことはない。


 ところが————


「うぇっ……あれ……? なんれすか? なんか、気持ち悪……————」


 完全に酔っ払ったソランは、急に気持ちが悪くなって、何かが込み上げてくるのを感じた。

 フィソンに向かって出してはいけないと、反対側に体をひねる。


「うぇ……ぷ」


 そして、手で抑えようとしたが、間に合わずに口から、綺麗な虹が出る。


 しかも、ちょうど花巫女候補たちの様子を見に東宮殿に来た皇后・美海ミヘに向かって————



「は、皇后様ははうえ……!? なぜ、こんなところに!?」


 その場にいた全員、時が止まったように静まり返った。




【第五章 花たちの争い 了】

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