第22話 祓いの舞
急遽、東宮殿の中に作られた舞台。
皇太子が何者かに呪われていたとなれば、簡単に話は通り、星宮殿から祓いの舞の準備のため巫女たちが集まる。
後宮殿で月に二度行なっている祓いの舞と全く同じものが、皇太子の面前で披露されることになった。
どこからこの話が漏れたのか、東宮殿にその祓いの舞見たさに各所から内官や武官も集まっている。
男子禁制の後宮殿で行われている舞が観れる機会なんて、滅多にあるものではない。
その中には、第一皇子・
「兄上、どうして、こちらに……?」
「何、父上に挨拶に来たついでだ。お前の花巫女候補の顔でも見てやろうと思ってな」
スンソンはニヤリと不敵に笑っていた。
フィソンは何よりこの兄が昔から苦手だ。
いつも何を考えているかわからない。
幼少の頃は、突然怒られたり、怒鳴られたり、蹴られたりもしていた。
子供の戯れだと、誰も大した問題にはしてくれなかったが、スンソンが成人後すぐに右丞相の娘と婚姻して宮中からいなくなったおかげで、この数年は兄弟同士の
「祓いの舞というのをやるのだろう? 私もぜひ見物したいのだが……」
「ええ、構いませんよ。シン内官」
「は、はい」
「兄上のために席を一つ用意しろ」
「は、はい!!」
シン内官も、スンソンのことは苦手である。
あまり関わったことはないが、見習いの頃に当時スンソン付きだった内官から話を聞いたことがある。
いつも笑っていて、一見人が良さそうに見えるが、裏ではとても気性が荒く見習いの若い少年たちを辱めて笑っていたらしい。
「————こ、こちらへどうぞ」
椅子を一つ追加して、スンソンはウンアの隣に座った。
◇◆◇
「祓いの舞は、女役、男役に分かれて舞います。衣装も、役柄に合わせて分かれているのです。巫女は基本的にどちらもできるように訓練を受けます。でも、ソランの男役は別格なんです」
祓いの舞が始まる直前、フィソンに説明するウンアとヒョンチョ。
スンソンも酒を飲みながら話に耳を傾けていた。
もちろん花巫女候補であるウンアとヒョンチョもソランとともに何度も後宮殿で祓いの舞を行ってきている。
舞の組み合わせは様々で、ソランが女役、ウンアが男役の日もあれば、ヒョンチョが女役、ソランが男役の日もある。
巫女たちにはそれぞれどちらの方が得意かというのはあるが、元が女性なためやはり女役の方が見栄えがいいし、得意な傾向にあった。
ところが、ソランはどちらをやらせても右に出るものは本当にいない。
特に、男役をやらせると誰よりも見栄えがいい。
「後宮殿でソランが舞うと、女官たちが大騒ぎになるんです。中には、興奮しすぎて鼻血を出してしまうような子もいます……」
「失神する子もいました。それほど、ソランは人気があるんですよ。でも——……」
ヒョンチョは女役の衣装に着替え終わり、舞台袖にいるエンガを見つめる。
「エンガは、多分、一度も後宮殿で舞っているソランを見たことがありません。あの調子ですから、女役をやって、皇太子様の関心を引こうと必死なのでしょうけど……————ソランの前では、無意味です」
ソランが舞えば、その場にいる者は皆、ソランに魅了される。
男役でも、女役でも、ソランが舞えば、ソランが主役になるのだ。
衣装に着替えたエンガは、確かに美しい。
普通の男役が相手であれば、エンガに注目が集まるのは必須だろう。
しかし、相手が悪すぎた。
「え……?」
胸をサラシで潰し、黒い男役の衣装に着替えたソランの姿に、エンガは驚いて目を丸くする。
こんなに美しい男役を、今まで見たことがなかった。
しかも顔はつい先ほどまで同じ花巫女候補の衣を着ていたソランと変わりないはずなのに、表情や所作が完全に男にしか見えないのだ。
それも、とびっきりの美男子。
(あれ……? なにその表情? 私、何か変?)
ただし、本人にその自覚は全くない。
まさか、対峙しているエンガが、自分の姿に息をのむほど驚いていることに、ソランは気づいていなかった。
「————準備が整いました。これより、祓いの舞を行います」
太鼓担当の巫女がそう宣言し、始まりの太鼓を叩いた。
それに合わせて、笛と琴が音を奏で始める。
ソランとエンガが、舞台の上に立つ。
女性らしく、柔らかく舞うエンガ。
確かに彼女の舞の実力は、公言していた通り高い。
他の巫女よりはるかに上手だった。
けれど————
「美しい……」
「綺麗……」
「すごい……」
思わず誰もが口から感嘆の言葉が溢れるほど、ソランは美しかった。
剣を持ち、舞台の端から端まで高く跳ねるように舞うその姿は大胆で力強い。
その中にある、しなやかさ。
そして、表情や指先、足先まで完璧な芸術品のような美しい舞。
誰も敵わない。
まるで、その場にいた全員の身も心も浄化するような、そんな不思議な感覚に陥った。
初めてソランの祓いの舞を見た内官や女官たちは、舞が終わると、感動の涙を流して拍手喝采。
「ソラン様ぁぁぁぁ!!」
「素敵いいいいい!!」
「きゃーっ!!」
「うおおおおおお!!!」
黄色い声援と内官たちの雄叫びが飛び交う。
賞賛の嵐の中、ソランは深々と頭を下げる。
少し遅れてエンガも頭を下げたが、横目で悔しそうにソランを睨みつけていた。
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