第23話 あの日の面影


「なんなのよ!! あんなの、反則よ!!」

「お、落ち着いてください、エンガ様……!!」


 明らかな敗北に、エンガは舞台を降りた後、侍女たちに当たり散らしていた。

 太鼓を蹴り飛ばしたり、手に持っていた短剣を床に叩きつけるように投げ捨てたり……


「仕方ありませんよ。ソラン様の祓いの舞は、後宮殿でも一番人気があったんです」

「そうですよ。エンガ様はこちらに来てまだ日が浅いのですから……知らなかったのでしょう?」

「他の方法で、花巫女になれるように頑張りましょう? 私たちも精一杯お手伝いしますから」

「うるさい!! たかが侍女なんかに、私のこの悔しさがわかるはずないわ!!」


 フィソンも、それまでエンガに鼻の下を伸ばしていていた他の男たちもみんな、ソランを見ていた。

 この二日間、邪魔な花巫女候補が一人減って、楽勝だと思っていたのに、まったく歯が立たない。

 それどころか————


「あんなの、かっこよすぎるじゃない……!! 反則よ!!」


 最も近くで見ていたエンガ自身が、あの舞を見ていた他の誰よりも、ソランに魅了されてしまった。

 心臓の音が妙にうるさくてたまらない。

 いつもの舞を踊った後の疲労によるものとは、明らかに違う。


 そして、もう一人————



「なんだったんだ、今のは……」


 スンソンだ。

 四年前、自身の花巫女の最終候補四名に選ばれたどの巫女よりも、男装していたにも関わらずソランは魅力的に思えて仕方がない。

 自分にあてがわれたものと、明らかに違う、いい巫女だと思った。

 そもそも、次元が違うもののように思える。

 花巫女も、妻となった正室も女性として魅力がまるでなかったわけではないが、こんなにも胸の高鳴りが収まらないのは初めてのことだった。


 もうすぐ自身の子供が生まれてくるというのに、スンソンは弟の花巫女候補であるソランに恋をしてしまった。

 同時に、皇子とはいえ庶子である自分には決して手には入らない存在であることがより一層、弟であるフィソンに対しての嫉妬に変わる。

 自分が欲しいと思ったものは、いつも、いつも、弟になるのが悔しかった。


 花巫女候補の最終四名に選ばれた巫女は、その時点で花婿の手つきということになる。

 たとえフィソンがソランを選ばなかったとしても、スンソンには決してソランを自分のものにすることはできない。


 祓いの舞が終わり、ソランとエンガが退場した後、スンソンはその弟の表情を横目で見る。

 いつも眉間にシワをよせて、目つきの悪い弟の表情が、明らかに違う。

 花巫女にソランを選ぶのは、誰の目からも明らかだ。


「ちっ……」


 スンソンは舌打ちをし、まだ余韻に浸っている東宮殿を一人後にした。




 ◇◆◇




 祓いの舞が終わった後、ソランは元の花巫女候補の衣に着替える。

 サラシをほどくと呼吸が楽になり、いつもその瞬間はしばらくぼーっとしてしまうソラン。

 部屋でしばらく休んでいると、気づいたら座ったまま眠ってしまっていた。

 さっきまであんなに男らしく、大胆に舞っていたのと同一人物とは思えないほど、静かに……


 リンリンとミンミンは、ソランを起こさないようにそっと羽織をかけて部屋から出る。

 扉の前に二人並んで、小さな声でソランの舞の感想を言い合って笑っていた。

 そこへ、フィソンがやってくる。


「こ、皇太子様!? どうなさったのですか!?」

「ソランに会いに来ただけだ……何か問題でも?」

「いやぁ、その……今、ソラン様は少しお休みになっておられまして……」

「そうか……」


 せっかく会いに来たが、出直そうとフィソンは帰ろうとした。

 けれど、フィソンの残念そうな表情を見て、シン内官か余計な気を回す。


「皇太子様が直々に会いに来たというのに、何を言っているんだ! 今すぐ起こしなさい!」


 そう言って、扉を開けてしまった。

 壁にもたれかかりながら、静かに寝息を立てて眠っているソランの顔を見て、フィソンの脳裏に十二年前、池で見た少女の姿が蘇る。

 ずっと探していていた、あの水の底に咲いていた花のように美しく愛らしい少女の面影が、ソランにあることにはっとする。


「……————シン内官、イム内官は今どこにいるか知っているか?」

「え……? イム内官ですか? あの前任の?」

「そうだ。あの使えないイム内官だ」


 幼少期から皇太子付きの内官だったイムは、仕事のできなさが露呈して職を解かれていた。

 フィソンが気難しい皇太子であると噂になった理由の一つは、このイムにずっとイライラさせられ続けていたせいでもある。

 ある日その募りに募ったイライラが爆発して、声を荒げて怒ったところを他の内官や女官たちが見て、噂に尾ひれがついたのだ。


「えーと、確か半年ほど前に隠居して、今は南方の村に……」

「急ぎ確認したいことがある。呼んで来い」

「い、今ですか!? もう夜になりますけど……」

「今だ。さっさと行け」

「は……はい!!」


 シン内官が慌てて出て行った後、フィソンはそっとソランに近づいた。

 隣に腰を落として、ソランの寝顔をじっと見つめる。


「フィソン様、いくらなんでも、寝てる女子を襲うのはいけませんよ?」


 ウスが小声で注意したが、フィソンは何も言わず、ソランを起こさないように、そっと、ゆっくりと体を横に倒してやる。

 そして、顔にかかっている髪をかき分け、柔らかい頬を指で撫でると、とても穏やかな表情でフィソンは笑った。



(お前の寝顔を見ていると、あの時の娘を思い出すのは、やはり……————)



 あの時の少女が、ずっと探していた、あの娘がソランなのではないかと思わずにはいられなかった。


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