第五章 花たちの争い

第21話 身の程知らず


 二日前にはなかった何かが、輝星フィソンの右肩にある。

 咲蘭ソランは二日間会っていなかったとはいえ、花巫女候補が三人もいて、この異常に気づかないはずがない。


「右肩……? ああ、そういえば、朝から凝っているような気がしてはいたが————」

「寝ている間に何かされたのだと思います。のろいか……まじないの類だと思いますが……」

「の、のろい!?」


 そして、この場にまだソラン以外の花巫女は到着していないのだから、そう考えるのが普通だ。

 フィソンは呪いと聞いて驚いていたが、それ以上に驚いていたのはシン内官だった。

 どうもそういう類の話に弱いらしく、ガタガタを震えている。


のろいとまじないは……違うものなのか?」

「似てるけど、違いますよ。のろいは主に殺意や憎悪から生まれるものですけど、まじないは、愛情や願いから生まれるものもあります。例えば、自分の恋が成就するようにってかけるおまじないとか、自分の子供の幸せを願うものもありますね。思いが強くて、歪むとそれがのろいに転じる場合もありますが……恋とのろいは紙一重なんて言葉もありまして————」

「……よくわからん。とにかく、何かおかしなものなら、祓ってくれ。巫女だろう?」

「わかりました。では、失礼して……」


(うん、見えない人は実感がないから、わからないよね)


 ソランはフィソンの右肩に手を伸ばし、祓詞はらえことばを唱えると、フィソンの肩がふわりと明確に軽くなった。

 黒い影は消えて無くなり、肩こりも解消される。


「……どうです?」

「お前……すごいな」


 フィソンが感心していると、そこへ鸚哥エンガが現れ、少し鼻にかかっているような猫なで声で言った。


「花巫女候補ですもの、それくらいできて当然ですわ」


 そして、ソランの手をフィソンの肩から叩き落とす。


「これくらい、私にもできます。まったく、一体誰が皇太子様にまじないなんてかけたのかしら? 身の程知らずねぇ……まぁ、皇太子様はとっても魅力的な殿方ですから、わからなくもないですけれどぉ」


 そう言いながら、今ソランの手をおもいきり叩いたとは思えないほど、優しく撫でるようにフィソンの腕に抱きついた。


「身の程知らずのまじないなんてかからないように、私がお守りしますわ、皇太子様」


 わざとフィソンの肘に自慢の胸を押し付けているのがあまりに露骨で、ソランは唖然とする。

 二次試験が始まってから数日間、同じ星宮殿にいたが、エンガと話をしたことは一度もなく、声を聞いたのも初めてだった。


「ひゃー……いいですねぇ、フィソン様。こんな乳のでかい女が隣にいるなんて」


 完全に鼻の下が伸びている優守ウスは、羨ましそうにエンガの胸を凝視している。

 他の内官や護衛の武官たちも、みんなエンガの色香にやられているのは明白だった。


「うふふ。ダメですよぉ、ウス様。私は皇太子様の花巫女になるんですから、この身も心も皇太子様のものなんですぅ。ねぇ、皇太子様」

「……」


 ところが、フィソンは全くエンガには興味がないようで————


「気安く触るなと何度言ったらわかる?」


 とても不機嫌そうな顔で、エンガを睨みつける。


「ご、ごめんなさい……」


 こちらはこちらで、露骨にエンガを嫌っているようだった。




 ◇◆◇




 他の二名も到着し、会食が始まる。

 フィソンの右隣にエンガ、雲児ウンア

 左隣にソラン、見草ヒョンチョが座っていた。


 フィソンはソランにしか興味がないようで、エンガが話を振ってもまったくエンガの方は見ず、ずっとソランの方を見ている。

 そのことに気づいたエンガは、ソランをものすごい形相で睨みつけている為、ソランはいきた心地がせず、せっかくの美味しい料理の味が全くわからなかった。


(怖い……そんなに見られたら、食べづらいんだけど……)


「————それで、ソラン、お前は祓いの舞というのがとても上手いと聞いたが、どういうものなんだ?」

「え……? 祓いの舞ですか……?」

「ああ、ヒョンチョとウンアが自慢していた。祓いの舞を踊らせたら右に出るものはいないと……」


 実はソランがフィソンに会えなかった二日間も、フィソンの興味はソランにしか向いておらず、ヒョンチョとウンアはソランについて色々質問ぜめにあっていた。

 二人とも最初は戸惑ったが、相手は気難しいと有名な皇太子様。

 ソランの話さえすればフィソンは上機嫌なので、二人とも自然とそうせざるを得なかったのだ。

 それに、二人は自分たちが最終選考に残されたのはおまけみたいなものだとわかっていたし、ソランが花巫女になるべきだと思っている。

 一方で二人とは違い地方から来たエンガは、ソランの話なんて何も知らないし、自分を売り込むのにあれやこれやと必死。


 エンガは巫女の才能があると判明した幼少期から、皇太子の花巫女になるために育てられた。

 上の姉妹たちも、別の皇族や高官の花巫女を務めてきたし、親戚もそうだ。

 一族の期待を一身に背負って、ここまで来た。


 巫女としての能力だけでなく、男から好かれるように徹底的に自分自身を磨き上げている。

 わざと自慢の胸を強調するような衣を着たり、甘えた声を上げてみたり、媚薬作用があるとされている香を焚いてみたりもした。

 だが、やはりフィソンはエンガの色仕掛けには全く興味がなかった。


「あら、舞なら私にだってできますわ。そうだ、ソランさん……」


 もちろん、エンガだって祓いの舞は得意だ。

 特に女役をやらせれば右に出るものはいないと言われている。


「————祓いの舞を、ぜひ皇太子様に見てもらいましょう? 私も舞いますから……あなたの方が私より上背がありますし、男役でいいかしら?」

「え、ええ。いいですけど……」


 エンガは、ソランに男役をさせて自分の女らしさを見せつけようと考えている。

 まさか、それが裏目にでるなんて思いもせずに————


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