第20話 ある花巫女の醜聞


 現皇帝が二度目の婚姻前に行われた、花巫女の選抜試験。

 最終選考に残った四名の中から選ばれたのは、英灯ヨンジョンという巫女だった。


「まさか二度目の花巫女が選ばれるとは思っていませんでしたから、当時の巫女たちの争いは凄まじかったのです。なにしろ今回の場合は、花巫女に選ばれれば即、皇巫の座につけますし……」


 そのヨンジョンというのは他の巫女たちとは違い、自分が必ず花巫女になるのだという強い意志を持っていなかった。

 積極的に皇帝に選ばれようとあれこれ手を尽くしていた他の巫女たちにはない、彼女の穏やかさを気に入って、皇帝はヨンジョンを選んだ。

 皇帝はヨンジョンをかなり気に入っていて、儀式が行われる前に顔を見に何度か東宮殿に用意されていたヨンジョンの部屋に通っていたらしい。

 ところが、そのヨンジョンが、皇帝の弟・快星クェソン皇子と通じていると噂になった。


「初めは、陛下も信じていませんでした。あのヨンジョンがそんなことをするはずがないって……でも、目撃者や証拠が次々と見つかりましてね」


 他の男の穢れを受けたヨンジョンには、花巫女の資格がない。

 彼女は否定したが、クェソン皇子が通じていたことを認めてしまった。

 また、クェソン皇子以外にも、後宮殿の宦官、宮廷薬師の男、皇帝陛下が皇太子時代から信頼を置いている学士とも体の関係があったらしい。


「この学士様というのが、陛下の相談相手でしてね……花巫女を選ぶ時、陛下はこの学士様にいつものように意見を聞かれました。もちろん、学士様はヨンジョン様を推しましたので……それが決めてお選びになられまして」


 それが問題となり、結局、ヨンジョンは花巫女としての役目は果たすことはなく、二人目の花巫女自体がなかったことになる。

 もちろん東宮殿からヨンジョンは追い出され、流罪になった。

 その後、ヨンジョンがどうなったのかは誰も知らないが、噂では信じてくれなかった皇帝を呪って死んでいったらしい。


「ヨンジョン様はもともと巫女としての能力は高い人でしたから……先の皇后様の体調が日に日に悪くなっていったのは、彼女の呪いのせいだと言われています」

「……そんな、自分が悪いのに、どうして呪いなんて————」


 話を聞いた限りでは、巫女としてあるまじき行為をしていたのはヨンジョンだと思ったソラン。

 なんとしても花巫女になるために、巫女として一番やってはならない花婿ではない男と関係を持つなんて、最低だ。


「彼女は最後まで訴えていたそうです。どれもまったく身に覚えのない、潔白だと。けれど、ここまで証拠が出揃っていては、もうどうしようもなかったのです。私だって信じられませんでした……」

「私だって……?」

「……あぁ、私はその花巫女選定試験の時に、ヨンジョン様の侍女をしていました。とてもお優しい方で、ヨンジョン様が花巫女に選ばれた時は、私も自分のことのように嬉しかったのです。それが、まさかあんなことになるとは、思ってもいませんでした」


 リンリンとミンミンも、ヨンジョンの話は聞いたことがあった。

 ヨンジョンもソランと同じように、後宮殿では祓いの舞で男役をやることが多かったそうで、当時の下級女官たちからもかなり人気があったそうだ。


「私たちはソラン様を推していますけど、確かに上級女官たちの間ではヨンジョン様の名前もよく聞きます。ソラン様の祓いの舞を見ていると、ヨンジョン様がいた頃のことを思い出して、なんだか懐かしい気持ちになるって……」

「そうそう! まぁ、ソラン様はヨンジョン様と違って、他の殿方と関係をもたれるなんて馬鹿げたことはしないと思いますけど」

「そうよね、なんて言ったって、ソラン様のお師匠様はあのサンウォル様でしょう? 厳しくて有名だもの」

「え、あなたたち、師匠のことも知っているの?」

「「もちろんです!!」」


 リンリンとミンミンの声がまたかぶる。


「サンウォル様といえば、今のお話に出ていた花巫女選抜の最後の四名のうちのお一人ですよ?」

「えっ!? そうなの!?」

「後宮殿では有名な話ですよ! サンウォル様が怪我さえしなければ、きっと今頃皇巫の座はサンウォル様だったと言われています」


(怪我……?)


 初めて聞く、サンウォルの話にソランは驚いた。

 ソランはサンウォルから花巫女選抜試験の時のサンウォル自身の話を聞いたことがなかったのだ。


「確か、の時に、転んで足の骨を折ったて……————そうですよね? ウンシムさん」

「え、ええ。そうです」


 ミンミンに当時のことを聞かれたが、ウンシムにはそのことについて話したくないようで、一度顔ををしかめた後、勝手に話を変えた。


「……まぁ、とにかくあれ以来、星宮殿の巫女たちはより厳しく育てられるようになったそうです。ヨンジョン様以外にも、花婿となる皇子様たちの取り巻きに近づいたり、中には直接花婿と接触するような者もいましたので……————ですから、今回のソラン様の件も、意図的ではなかったとはいえ、二度も接触していますからね。妥当です。それに二日くらいあっという間に過ぎますよ」


(……アレって、なんだろう?)



 そして二日後、やっとソランも花巫女候補として、他の三人と同様にフィソンと会うことを許されたのだが————


「やっと会えたのに、なんだ? その不満そうな表情は……」

「いえ、あの……どうしたんですか、それ」

「それ……?」


 会食の席で、ソランはフィソンの右肩に妙な黒い影を見て、顔をしかめた。


「————右の肩……重くないですか?」


のろい……? それとも、何かのまじない?)




【第四章 宮廷薬師の娘 了】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る