第19話 禁止事項
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
「え……? えーと、一体なんのことでしょう?」
「とぼけるな。この私にあんなことをしておいて、忘れたとは言わせんぞ……」
ソランはごまかそうとしたが、手遅れだった。
フィソンがジリジリと近づいて来る為、無意識に後ろに下がったものの、背中が壁に当たる。
腕は掴まれているし、変な汗が止まらない。
逃げ場もない。
そして、極め付けなのが————
「ワン!」
ポヤがご機嫌に尻尾をブンブン振り回しながら、ソランへ駆け寄る。
ポヤはなかなか主人であるフィソンに懐くまで時間がかかった。
もしかして、ポヤは女好きなのかと試しに女官や他の花巫女にも会わせてみたが、ここまで嬉しそうに尻尾を振るのは、ソランにだけだった。
ポヤは人間にはわからない犬の嗅覚で何かを感じ取り、ソランを気に入っているのだ。
「観念しろ。また勝手にいなくなるようなら、お前の父親を罷免させるからな……」
「えっ!?」
「何が、父が薬師だ。どこかの町薬師かと思えば、まさか宮廷薬師の子供だったとは……それも、息子ではなく娘だったなんて————……」
フィソンは視線をソランの顔から少し下に向ける。
ソランが男装時に着ていた黒い衣とは違い、花巫女候補たちの衣装は胸元が大きく開いている。
さらにサラシで押さえつけていないため、衣の上からでもわかるほど大きな胸が視界に入った。
自分で見ておきながら、少々顔を赤くする。
よく考えたら、年頃の娘にこんなに近づいたことはなく、こんな無礼な態度をとっていいなんて教育も受けていない。
女性には優しくする者だと、学問の師匠からも言われている。
自分からここまで近づいておいて、急に変に意識してしまった。
「あ……え……? お前……こんなに————」
ウスが言っていた、『乳はでかければでかい方がいい』という言葉が、頭をよぎる。
「…………」
「…………」
何を話せばいいのかわからず、お互いに固まっていた二人。
しばし流れる沈黙。
「————あの、皇太子様、よろしいでしょうか?」
その沈黙を破ったのは、ウンシムだった。
「な、なんだ!?」
「皇太子様は、花巫女候補であられるこのソラン様と面識がおありなのですか?」
「そうだが……それがどうした?」
「いつ頃の話です?」
「え……?」
「いつ頃お会いになりましたか?」
「えーと、あれは……確か、ポヤがこの東宮殿に来た日だから————」
シン内官に視線を送ると、すかさずシン内官が答える。
「ちょうど、ひと月半前です。それから、半月ほど前にも一度……」
「ああ、そうだ。それくらい前だったな。ずっと探していたんだ。それなのに、まさか星宮殿の巫女だったとは————……」
「でしたら、二回もお会いになっているということですね?」
「それがどうした……? 何か問題でもあるのか?」
ウンシムは、フィソンに深く頭を下げながら、はっきりと言った。
「申し訳ありませんが、花婿は花巫女候補と選定試験期間中に接触してはならない決まりになっております。公平さにかける為です」
「は……?」
「花巫女候補の最終候補四名を選ぶのは、星宮殿の管轄ですので花婿となられる皇太子様のご意志は反映されません。しかし、最終的には、この十日間で、皇太子様が自らお選びになり、決めることです。なので————罰として、二日間、ソラン様は謹慎です」
「……え?」
「他の候補者との公平にするため、二日間、ソラン様は皇太子様とお会いするのは禁止です。皇太子様、大変申し訳ありませんが、二日後までは、他の花巫女候補たちとお過ごしください」
「ちょ、ちょと待て! なんだそれは!?」
「申し訳ないですが、これは決まりですので、お引き取りください」
やっと会えたのに、今度はフィソンがソランの部屋を追い出されてしまった。
二日間、会うことも、話をすることも、すれ違うことも全て禁止。
この十日間で花巫女候補の人となりを知るために、様々な行事が用意されていたのだが……————ソランは完全に出遅れた。
本来なら、参加するはずの会食もソランだけ立ち入り禁止。
「公平にするためにって……ちょっと会ったくらいですよね? それにしては厳しすぎませんか?」
「そうですよ。それに、ソラン様が皇太子様にお会いしたのって、時間としてはそんなに長い時間でもないんでしょう?」
「「ソラン様がかわいそうです!!」」
リンリンとミンミンがウンシムに掛け合ってくれたが、ウンシムは聞き入れてくれなかった。
それどころか「一昔前なら、失格になってもおかしくないことだ」と怒られてしまう。
しかも二日間、ソランはウンシムからお説教を食らう羽目になった。
ウンシムの話によると、この十日間は公平を期すために色々と工夫がなされているらしい。
侍女となる三人は、花巫女の縁者であってはならないとか、持ち込んではならないものがあるとか……
「事前の接触を禁じているのは、昔、花巫女に選ばれた者が自分を選ぶように色仕掛けをしていたとか、
長い歴史の中で、少しずつ禁止事項が増え、改善されたりして今の形になっているのだと、ソランは耳がタコになるくらい同じ話を何度も聞かされていた。
「そして何より……一番酷かったのは、あの時の————」
ウンシムは現皇帝が二度目の婚姻の際に起こった、この東宮殿で起きた事故について話し始めた。
「————表向きは事故ということになっていますが、あれは、事件です。花巫女として、あるまじき行為をした者がいたのです……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます