第17話 夜伽の講義


 現皇帝は、三度婚姻している。

 一度目は、まだ皇太子であった時。

 当然、皇太子妃を迎える前に花巫女と夜伽を行い、その時の花巫女が運良く身ごもったのが、第一皇子の瞬星スンソン皇子だった。

 スンソン皇子の母は巫女として最高の地位を約束されていたはずだったが、正室である皇太子妃は、最初の子が流れたせいで心と体を壊して自死。

 皇后になる前に、この世を去った。


 二度目の婚姻は皇太子から皇帝となった直後。

 この時、実は新たに花巫女も選ばれたのだが、事故がありその話はたち消えた。

 そして、この二度目の婚姻で皇后となったのが、皇太子であるフィソンの母である。

 庶子であるスンソンとは五歳も差があるが、フィソンは皇帝にとって初めての嫡男。

 正室との間の子ということで、小さい頃から東宮殿を与えられ、皇太子として育てられた。


 このため、兄弟の間には確執が生まれている。

 弟のフィソンに全てを奪われていくのだと悟ったスンソンは、幼い頃からフィソンにキツく当たっていた。

 大人になった今も、二人の仲はあまりよろしくない。


 そしてフィソンの母は、フィソンが五歳の頃に病気で亡くなっているため、皇帝は、また新しく皇后を迎えることになる。

 それが、現皇后との婚姻だ。

 この時、もう一度新たに花巫女が星宮殿から選ばれることになり、皇巫の地位についていたスンソンの母はその地位を追われ側室となった。

 さらに、現皇帝にはこの他に三人側室がいて、それぞれ一人ずつ子供がいるが、どれも皇女である。

 現在のところ皇子三名、皇女五名、そして、まだ性別が不明ではあるが側室が最近懐妊したばかり。

 そのせいか後宮殿には宮廷薬師たちがここ最近頻繁に出入りしている。


「……つまり、皇太子様にもしものことがあれば、代わりに第一皇子のスンソン様か、第三皇子のリュソン様が後継になるということですか?」

「そう。リュソン様もご正室である皇后様の子供だけれど、まだ三歳。皇太子の座に座るには、あまりにも幼すぎるわ。そうなると、庶子とはいえ、長男であるスンソン様に……ってことになる可能性が高いの。ちなみに、スンソン様の子供があと三月後には生まれる予定よ。陛下にとっては初孫ね」


 花巫女選定試験の一次試験を合格した巫女たちの前で、皇室について一番詳しい上級女官が講義をしていた。

 花巫女となれば、誰が一番偉くて、どういう事情があってこの地位にいるだとか、全て知っていなければならない。

 皇帝が一番偉いのは事実なのだが、皇室の事情を正しく把握しておかなければ、瘴気だけではなく、知らず知らずの間にかけられている呪いの原因を取り除くことができない為だ。


 皇族たちは華やかなように見えて、実は人間関係がドロドロしていたり、裏で権力を得るために官僚たちが画策していたり、闇が深いのである。


「何代か前の花巫女の呪いが、東宮殿に残ったままだって話もあるわ。それに、表には出ていないだけで、歴代の陛下や皇太子様に想いを寄せている東宮殿や後宮の女官達のその想いが強すぎて、それがやがて瘴気や呪いとなって、死に至らしめた……なんてことが昔はよくあったそうよ」


 花巫女は、そういったものから花婿を守るために存在していた。

 特に、皇太子の花巫女の役割は重要だ。

 結婚前に瘴気や呪いの類のもので溜まった穢れを祓い、その後、皇太子妃を迎えることになる。

 皇太子妃を迎えた後も、何かあれば巫女の力で祓い、何か物事を決めるときは、占いで助言する。

 皇太子が皇帝になった後も、それは続く。

 いかに、そういう目に見えない脅威から守れるかが、重要だ。

 つまり、皇巫とはやがてはこの国の行く末を左右する存在なのだ。


 また、実は儀式の際に子を腹に宿すのが、花巫女の役目としては成功だという話もある。

 花巫女の胎内で清められ、浄化された子供は、皇室に幸運をもたらす……ということらしい。

 だからこそ、庶子であるスンソンは皇太子に決してなれないというわけではない。

 他に適任者がいなければ、順番は回ってくる。



「それじゃぁ、次は実際に皇太子様に花巫女に選ばれた時————夜伽に関して説明するわね」


 図解付きの解説書のようなものが全員に配られ、巫女達はポッと頬を赤らめる。


「だ、男性の体って、こんな風になっているんですか……?」

「これが、こんなところに……?」

「やだ、なにこれ、気持ち悪い……」

「え、求められたらどんなこんな体勢まで……?」


(え!? ちょっと、何これ!! 私が知ってる夜伽と違う!!)


 咲蘭ソランは配られた紙に書かれている真実を直視できない。

 夜伽とは何か、思っていたものとまるで違う。


「ちょっとソラン、あなた薬師の娘なんでしょ? 何をそんなに驚いているの?」

「それは……そうなんだけど」

「え? ソランって薬師の娘なの? それなら、人の体について詳しいわよね? ずるい!!」

「ずるいって、そんな————父上とは子供の頃に別れたっきりあってもいないし……」

「でも、毒草と薬草の見分けはつくじゃない」

「それは、薬師の知識というより、巫女の能力の方であって……」


 次の二次試験の前に、巫女たちは瘴気や邪気を花婿の体から全て絞り出させるよう色々な知識を叩き込まれるのが通例だ。

 医学に精通している方が有利であることは事実だが、幼い頃から男子禁制のこの星宮殿で育ってきた巫女たちが、男の体について知っている方がおかしい。


「こら! まだ講義の最中ですよ! あなたたち!」

「はーい」


 講義はまだ続いている。

 ところが、図に描かれている男の顔がフィソンに見えて仕方がない。


(花巫女に選ばれたら、こんなことを……?)


 最初は戸惑っていたソランだったが、真剣に講義を受けなければ最終試験には残れない。

 想月サンウォルに怒られるのと、夜伽を天秤にかけても、やはりソランにとってはサンウォルに怒られる方が嫌だった。

 それに、サンウォルは確かに厳しいが、約束は守ってくれる。


(花巫女になれば、自由にしていいって、師匠が言っていたもの……頑張らなくちゃ!)


 ソランは夜伽の講義を真面目に受けて、なんと二次試験も首席で合格。

 その次の三次試験でも見事な成績を収め、最終選考の四名に見事に選ばれた。



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