第14話 男同士の会話


「毒……? どういうことだ……?」

「どうも何も、毒ですよ」


 女官が落とした器の中に、毒物が入っていると主張するソラン。

 フィソンからすれば、名前も名乗らない謎の男に突然そんなことを言われても、信じられるはずがない。


「も、申し訳ありません! すぐに新しいものと取り替えます!!」


 器を落とした女官は慌て落ちた器を拾い上げた。

 中に入っていたのは、キノコと野菜の汁物。


 女官は急いで新しいものを持ってきたが、ソランはそれもやはり毒が入っていると言った。

 ソランの目には、見えている。

 食べてすぐに死ぬわけではないだろうが、新しく持ってきた器からも、地面に溢れたもの中身からも、人体に害を与える毒である瘴気を纏っている。


 星宮殿の巫女になってから、今まではなんとなく悪いものとしか思えなかったそれがなんであるかはっきりわかるようになったのだ。

 毒草や呪物は、一目見ただけで色が違う。

 ソランの目には、その汁物が食べてはいけないものであることが明白だった。


「毒味役の方はどなたが……?」

「わ……私ですが……?」


 それは器を落とした女官とは別の女官だった。

 女官の顔は引きつり、明らかに顔色が悪い。


「毒味をしたのはいつ頃です……?」

「え、ええと、十五分ほど前ですが」

「……なるほど、それで、今になって体に支障がでていませんか? ものすごく顔色が悪いですよ」


 ソランがそう言うと、毒味をした女官はガタガタと震え出し、白目を向いて、その場に倒れてしまう。


「きゃああああああああ!!」

「おい、大丈夫か!?」

「薬師を呼べ!! どうなっている!?」


 現場は混乱していた。

 その時、ちょうどウスと呼んできた薬師が助手を引き連れてその場に居合わせる。

 ソランの足を見てもらうはずだったが、それどころではない。


「こ、これは……!!」


 薬師が駆け寄ると、倒れた女官は痙攣を起こし、口から泡も吹いていた。

 明らかに毒物を食べた時の反応だ。


「大丈夫なのか!?」

「は、はい、すぐに手当てすれば……なんとか。とにかく、解毒薬を…………!!」


 薬師の助手が解毒薬を取りに行き、その間、誰もキノコと野菜の汁物は食べてはならないと、東宮殿で働く者たちに通達がいく。

 東宮殿で働く者たちの朝食は、基本的に皇太子と同じものが支給されている。

 このまま何も知らずに食べてしまえば、多くの女官や内官が被害にあうところだった。

 ソランは、地面に落ちていたキノコを指差して薬師に確認する。


「これ、毒キノコですね。きっと、形が似ているキノコと間違えたんでしょう」


 慌てる様子もなく、冷静にそう指摘するソラン。

 フィソンはまた、ソランに助けられた。



 ◇◆◇




(おいしい……)


 皇太子と向き合って食べるというのは少々緊張したが、改めて用意された朝食はとても美味しかった。

 なんだか懐かしい味がして、ソランは泣きそうになる。

 実は騒ぎを聞きつけた鈴明リンミョンが作ったものだった。

 リンミョンの東宮殿での女官としては地位は高い方で、フィソンが一番信頼している女官でもある。

 兄が宮廷薬師ということもあり、体にいい食材だけで作られている。


「朝から飛んだ騒ぎだったな。それに、また助けられた。礼を言うぞ」


 少しだけ頬を赤らめながら、フィソンはソランに素直に感謝した。

 その場にいたシン内官もウスも、フィソンのその様子に驚いて、思わず二度見してしまう。

 いつも不機嫌なフィソンが、なんだか今はいつものようにピリついていないことに気づく。


「それにしても、どうして、あれが毒キノコだとわかったんだ?」

「え……? あ、あ、えーと私の父が薬師でして……見分けがつくんです。それに、瘴気が見えるので……————」

「瘴気が……? なるほど、それほどの力があるなら、星宮殿に行くべきだが————……男なら宝の持ち腐れだな」

「そ、そうですね」


(あ、やっぱり、皇太子様は私のこと男だと思ってるわね。よかった)


 本当は星宮殿の巫女ですなんて、口が裂けても言えない。


「星宮殿といえば、皇太子様、近々花巫女とご正室の選定が行われますが————……」


 そこでまた、空気の読めないシン内官が話を振る。


(今その話しなくてもいいでしょう!? なんなのこの内官!!)


「皇太子様はどのような女子おなごがお好きなのですか?」

「は……? そんなこと、考えたこともないが……? そもそも、私は皇太子だぞ? 好みの女子がいたとしても、その者がこの国のためにならないのなら、選んでも仕方がないだろう? 正室を決めるのは皇后母上だし……」

「でも、花巫女は四人の候補からお好きな方を選べるじゃないですか。場合によっては側室となられる可能性だってありますし……内官である私としては、東宮殿で皇太子様のお世話をする女官は皇太子様の好みの者を揃えようと思いまして……」

「……なるほど。そうすれば、私のこの不機嫌な顔が、少しでも和らぐと」

「ええ、そうなれば我々も安心して————って、いえ! 決してそういうわけでは!!」


 正直、東宮殿の女官や内官たちは、フィソンがイラついていると、居心地が悪いのだ。

 聞かないと何に怒っているのか話してはくれないし、何が地雷かもわからない。

 シン内官はごまかしたが、女でもできれば少しは変わってくれるかと、そう思っている。


「それは俺も気になるなぁ……フィソン様は女遊びの一つもしないし。お忍びで妓楼に行こうといっても、断られたしなぁ」

「ウス、それは……妙な噂を立てられたら困るからだ。お前のようにな……そういうお前こそ、どういう女子が好みなんだ。花巫女選定の参考程度に聞いてやろう」

「え、俺ですか? そりゃぁ……————」


(わ、私、この会話聞いていていいのかしら……?)


 男同士の秘密の会話を聞かされているようで、ソランはなんだか居心地が悪い。

 それを誤魔化すように、とにかく口いっぱいに料理を詰め込んが————


「————上背のある女がいいなぁ。あと、乳はでかければでかい方がいい」


 ————盛大に吹き出し、正面に座っていたフィソンの顔にかかった。


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