第三章 東宮殿で朝食を
第11話 気の毒な人
(打ち首……)
噂を聞いて以来、ソランの頭をその言葉がずっとぐるぐる回っていた。
今日から花巫女候補の一次試験が行われるというのに、上の空である。
「————次、
「…………」
試験官が声をかけたが、ソランはただぼーっと立っている。
「ちょっと! ソラン、あなたの番よ!!」
「え……?」
後ろで順番を待っていた
「あ、はい」
「……この中から、呪いが込められているものを一つ選びなさい」
台の上に並べられた十体の藁人形の中から、明らかに不穏な色の空気を帯びているものを一つだけ選ぶ。
ソランにはこんなこと、朝飯前だ。
「これです」
すぐに正解を選び通過。
次の試験はその選んだ藁人形の呪いを取り除く試験だ。
この他、一次試験は巫女として最低限必要なことができるかどうか判定するだけの簡単なもので、ソランは話半分に聞いていても首席で合格した。
だが、推薦人である師匠の
明らかに、何かに気を取られて集中できていいない。
二次試験は、一次試験より高難度。
それに加え皇室についての知識も問われる。
候補者はここで一気に半分が脱落するため、集中していなければソランでも下手をすれば落ちる危険性がある。
「————ソラン!!」
サンウォルは、試験終わりでもまだぼーっとしていたソランの頬を、皆が見ている前で叩いた。
「し、師匠……?」
「何を考えているの!? 花巫女になる大事な試験中なのよ!? この日のために、いったい何年かけて来たと思っているの!?」
目撃していた他の巫女たちは、「ああ、また始まった」と思っている。
サンウォルはソランを厳しく育て上げていた。
花巫女になれなかった自分の夢を、ソランに託していることを、皆知っている。
現皇帝が二度目の結婚をした時、サンウォルは花巫女候補の最終四名に選ばれた。
サンウォルは巫女としての技術は文句のつけようもなく、誰もがサンウォルが選ばれると思っていたが、最終的に現皇帝は別の巫女を選んだ話は有名だ。
最後の四名に残った花巫女候補は、もう二度と誰の花巫女にも選ばれる資格がないため、この星宮殿に残り後継者を育てるか、地方の星宮殿で出世から外れて暮らすかの二択しかない。
たとえ星宮殿を出ても、お手つきということになってしまうため、結婚もできず、独身のまま生涯を終えることになる。
ソランと同じように、サンウォルも後継者を探していた巫女の元で、幼い頃から家族と引き離され花巫女になるためにこの星宮殿で育てられた。
ソランと違って、誘拐のように連れて行かれたわけではなかったが、当時からサンウォルを知っている人は、皆、サンウォルを「気の毒な人」だと思っている。
巫女としては一流だが、自分の弟子を皇太子の花巫女にしようと固執しているサンウォルは人としてどこか欠けているようで、時に恐怖を感じるほどに不気味だった。
「皇太子様の花巫女になるの。それが、あなたの為なのよ? この国で、瘴気が見える力————巫女の力を持つ者にとって、それが一番の幸せだと、何度も言っているでしょう?」
頬を叩いた後、必ずサンウォルは泣きながらソランを抱きしめて、同じ言葉を繰り返す。
「あなたの為に言っているの」
「私はあなたの幸せを一番に考えているの」
「花巫女に選ばれなければ、死ぬしかないわ」
死んだソランの母親と同じ声で、口調で、甘い言葉を紡ぐ。
あなたの為だと口では言っているが、本当は自分の為だと、ソラン以外の皆がわかっていた。
ソランが皇太子の花巫女となり、いずれ皇巫となれば、育ての親として
うまく操れば、この国の行く末を変えることだって可能だ。
そんな事情など全く知らないソランは、ただ、母と同じ顔をしたサンウォルを悲しませたくなくて、素直に言われた通りこの十二年間生きて来た。
ようやく、その夢が叶うところまで来ているというのに、なぜソランの様子がおかしいのか、サンウォルは理解できない。
「師匠……あの……私————」
(どうしよう。打ち首になるかもしれない……なんて、師匠に言えないわ)
「ソラン、やっとわかってくれた?」
「いえ、あの、そうじゃなくて……」
(待って、その前に、私……師匠に聞くべきことがあったじゃない。そっちが先よ。確かめなきゃ……)
このまま花巫女候補の最終四名に選ばれてしまったら、フィソンと顔をあわせることになってしまう。
皇太子の機嫌を損ねた者として、打ち首にされたら、花巫女どころじゃない。
花巫女となって、祓いの儀式さえ終われば、あとはその先に自由が待っているだけだと思って、ここまで頑張って来た。
しかし————
「花巫女になったら、夜伽をしなければならないって、本当ですか?」
それが、どうしても気にかかる。
サンウォルは、それを知っていて、ソランを花巫女にしようとしているのか……
どうかリンミョンの話が、何かの間違いだと思いたかった。
サンウォルは、驚いた表情でソランの顔をまじまじと見つめる。
「何言ってるの……? 当たり前じゃない。花巫女は、穢れを祓う儀式として花婿の内側に溜まっている穢れをその身に受けるのよ。そして、花巫女の体内でその穢れが混ざり合って浄化されるの」
「え……?」
「え……? って、私、最初に花巫女とは何か教えたでしょう? 忘れたの?」
そんなことを教えられた記憶が全くなくて、ソランは首をかしげる。
「————あなたが六歳の頃だったかしら? 花巫女って何をするの?って、あなたが聞いてきたから、詳しく教えたじゃない。ほら、宰相様のご子息が結婚するときに、見学したでしょう?」
(六歳……!? 見学!?)
そんな昔のこと、覚えているわけがない。
だが、「宰相様のご子息」と聞いて、ソランの脳裏にある記憶が蘇る。
御簾に覆われた、行灯の明かりがぼんやりと照らした薄暗い中で、肌着の男女がなんだかもぞもぞ動いていた。
くっついたり、離れたり、腰を振ったり……
よく見えなかったが、なんでこんな狭いところで馬の真似をしたり、踊っているのか、わけがわからなかったアレのことだとソランは悟る。
(あぁ、なんだ! あの踊りのことか!)
結局、ソランは意味をきちんと理解なんてしていない。
禁書にされるくらいだから、夜伽というものが、なんだかとても恐ろしいものだとか、恥ずかしいものなのかと思っていたが、踊りならソランは得意だと思ってしまった。
(やっぱり、それなら問題は打ち首の件よね……)
このままだと、最終の四人に残っても顔合わせの段階で花巫女候補から即座に外され、その上、打ち首という最悪の状況になってしまうのではないかと、ソランは恐怖に震える。
ソランはまだ幼かった頃、サンウォルの期待通りの結果を残せなかった時、折檻を受けた時の恐怖を思い出したのだ。
もし最終試験も受けられずに候補から外されるようなことがあれば、サンウォルが発狂するかもしれない。
(————そ、そうだ。謝ろう。謝罪しに行こう)
どちらにせよ、このままでは死しか待っていなさそうだった。
(謝罪は早い方がいいって、ヨンヒも言っていたし……)
ソランは誰にも見られずに東宮殿に入る方法を必死に考える。
ソランにとっては、よく知らない皇太子よりもサンウォルの方がずっと怖かった。
とにかく、まずは事情を話して謝るしかない。
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