第4話


「……はぁ」


 教室に辿り着いた俺は溜息を吐く。

 幸いにも、俺が一番乗りであるため、誰にも聞かれる事はない。

 未練がましく昔の夢を見るわ、レイアと気まずい雰囲気になるわ……今日は厄日かもしれないが、ウジウジしてられない。


 ……何と言っても、今日はセリナさんが転校してくる日だからな。

 流石にウチのクラスに来ることはないだろうが、会話する機会はあるかもしれないので、凹むのはもう終わり。

 来週にはテストが始まるし、気持ちを切り替えて勉学に励まないと。

 そう心に決めた俺は、問題集を開く。

 とにかく無心で数学の問題を解いていると、クラスメイトが続々と集まり、あっという間にホームルームの時間が訪れて……。


「それでは、みんなに自己紹介してくれ」


「天童坂高校から来ました。八坂やさか芹奈セリナです。これから宜しくお願いします」


 先生と共に教室に入って来た美少女、セリナさんが柔和な笑みを浮かべる。

 如何にも進学校って感じの黒セーラー服は、艶やかで長い黒髪と調和していて。

 ただでさえ清楚な佇まいをより引き立たせており、俺は思わず見惚れてしまう。

 それはクラスメイトも同じだったようで、男女関係なく、大盛り上がり。


「え、やば。可愛すぎんだろ……」


「お人形さんみたーい!」


「控えめに言って、結婚したい」


 ホームルームなどお構いなしに、彼らは思い思いの言葉を口にしている。

 同じ高校に通う事は知っていたものの、同じクラスとは思っていなかった俺と。

 かつて、セリナさんを虐めていた少女を除いて……ではあるが。

 アザカの様子をチラッと確認すると、心底驚いているのか、目をぱちくりさせていて。

 ……見るからに動揺している彼女を見て、胸がスッとなったのはここだけの秘密だ。


「静かにしろ、お前ら! ホームルームをはじめるぞ。八坂さんは左端の空いてる席に座ってくれ」


 因みに左端の空いている席は俺の隣。

 つまり、これからは……。


「学校でも仲良くして下さいね、悠人くん」


 学校一の美少女と評しても過言ではないセリナさんが、俺の隣に座るのだ。



 ……まあ、隣の席だからといって、何か特別なイベントがある訳ではないのだが。


「八坂さん。良ければ、趣味とか教えてよ」


「強いて言うのならば、ゲームですかね。後は読書も好きです」


「へぇ……インドア派なんだぁ。セリナちゃんって、凄く色白で可愛いし、納得かも!」


「ふふふ……お褒めに預かり光栄です」


「入りたい部活とかってあるのかー?」


「そうですね。時間はあるので、じっくりと検討しようと思っています」


 昼休み。

 セリナさんの席の周りには、スクールカーストの上位陣である飯田と堺、棚田さんに……アザカの四人が集まっており。

 その輪に混じれない人々も、彼らの会話をこっそりと盗み聞きしている。

 要するに、クラスメイトの殆どがセリナさんに興味津々と言う訳だ。

 そして、それは元いじめっ子のアザカも例外ではなく。


、八坂さん。私、加羽アザカ! これから宜しくね!」


「ええ。こちらこそ、宜しくお願いします。加羽さん」


「困った事があったら遠慮せず聞いてねっ」


「はい。どんどん聞いちゃいます」


 アザカは初対面という体で話しかけ、セリナさんもそれを否定しなかったどころか、極めて友好的に接していて。

 アザカが考えていることも、セリナさんが考えていることもさっぱり分からない。

 

 ……だが、そんな俺にも一つだけわかる事がある。

 それは……和気藹々としたセリナさんの隣の席に座って飯を食うのが辛くて。

 何処まで行っても、右城悠人という人間はスクールカースト底辺のぼっちであるという事である。


 このまま、陽キャオーラに当てられ続けると、俺は消滅してしまう。

 猛暑の中のアイスのように、ドロドロと溶けて無くなる未来しか見えない。

 なので、陰キャは陰キャらしく、誰も来なそうな校舎裏でぼっち飯と洒落込むとする。

 そう考えた俺は弁当箱を持って席を立つ。


「そうだ。一緒にお昼ご飯に食べようよ、セリナさん!」


「おおー! それ、いいな! 一緒に飯食って、親睦を深めようぜー!」


 スクールカースト最上位グループの人達とご飯を食べる約束をするほどに打ち解けるとは、セリナさんのコミュ力は凄すぎる。

 まさしく、雲の上の存在。

 ……なんて、思いながら歩こうとすると、不意に手を掴まれた。

 びっくりした俺は、反射的に振り向く。


「気持ちは嬉しいのですが、御免なさい。今日は、彼とお昼ご飯を食べる約束をしていたんです……そうですよね、ゆうくん?」


 ……俺の手を掴んだのは、他でもないセリナさんであり、彼女はそのまま腕を引っ張って、ギュッと抱き寄せた。

 すると、決して豊満ではないが、確かに存在する胸の感触が伝わってくる。 

 けれど、それを気にする余裕などない。

 何故なら、教室内にいるクラスメイト全員の視線が、俺に集まっているのだから。


「さぁ、行きましょう。せっかく、同じ学校に通えるのですから……学園生活を楽しまないと勿体ないですもの、ね」


 それでも、セリナさんは動じる事なく、こちらを見て微笑んだ。

 次いで、抱き寄せた腕を離した後に俺の手を握って、教室を後にする。

 もう本当に……何がどうなっているのか、さっぱり分からない。

 俺はただただ呆然とした状態で、歩みを進めるだけだった。

 

 

 

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