第3話
「朝だよ、ユージン。そろそろ起きて」
ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚で、目を覚ます。
瞳を開けると、そこには背が高くて……無表情な少女がいた。
綺麗な黒髪を有する彼女は俺が起きた事がわかると、僅かに声色を明るくして。
「……早く起きないと、朝ごはんが冷めちゃうよ。一緒にいこ」
こちらに手を差し伸べてきた。
表情こそ変わらないが、彼女が考えている事は不思議と読み取れる。
俺に好意的な感情を抱いてくれている事が、言葉にせずとも伝わる。
それが、何よりも心地よくて、幸せで。
「なんていうか、いつも起こしてくれて、ありがとう……
彼女の手を取った俺は……これが夢である事に気がついた。
これは、ずっと昔の記憶。
大好きだった幼馴染に毎朝起こされて、一緒に学校に行く、本当に幸せだった頃の。
もう戻れない過去の思い出なのだ。
「礼なんて言わなくていいよ……私達は幼馴染、このくらいは当然」
彼女は表情の変化に乏しく、なかなか感情を表に出さない。
その上、背丈が高く、威圧感を感じさせる外見なので、友人と呼べる間柄の人間は俺しか居らず、片時も側から離れなくて。
運動が好きな彼女に連れ回されるのに対して、俺は彼女にゲームを勧めた。
そんな日常が、大好きで。
「……私とユージンがお互いに助け合うのは、当たり前の事だから」
少なくとも俺は。
永遠にこの時間が続くものだと思い込んでいたのだ。
……本当に、愚かにも程があるが。
◇
寝ぼけ眼を擦りながら、駅のプラットホームに足を踏み入れる。
現在の時刻は朝の5時半。
マト高は隣の県にあるため、早めの電車に乗らないと始業に間に合わないのだ。
……とは言っても、始発の電車に乗る必要はなく、必要以上に早く学校に向かう理由は別にあるのだが。
それにしても、今日見た夢の内容は今でもはっきりと覚えている。
かつて幼馴染だった少女に起こされる夢。
俺の人生が最も輝いていた時期と評しても過言ではない頃の記憶。
そんな夢を見るとは、未練がましい事この上無くて、自分が情けなくなる。
アザカや彼女の取り巻きによるいじめから、セリナさんを助けて。
それによって、クラスメイトから無視されていた俺に寄り添ってくれたレイア。
そんな彼女を、俺は突き放した。
もちろん、本意ではなく。
レイアまで巻き込まれるのが嫌で、距離を取るためとは言え、許されることではない。
他に方法があった筈なのに、彼女を傷つける方法を選んでしまった事に腹が立つ。
ガキならではの短絡的な考えを、迷う事なく実行した過去の自分を殴りたいが。
それでも、やり直しなんて出来ない。
一生、後悔しながら生きる他ないのだ。
「…………」
なんて事を考えていると、電車を待つ俺の隣の列に背丈の高い少女が並ぶ。
その子はあの頃と何も変わらないクールな雰囲気、ミディアムの黒髪で。
どこからどう見ても、俺の幼馴染だった女の子、
「ねぇ」
……なんで、この時間に?
家が隣同士で、最寄り駅が同じ彼女と鉢合わせたくないから、わざわざ早く起きて始発の電車に乗っていると言うのに。
俺がマト高に通う事を選んだ理由。
それは、小・中学校の同級生と同じ学校に通いたくなかったから。
「……ねぇ」
そのためだけに、勉強を頑張って、県外の進学校であるマト高に入学したというのに、性悪女のアザカや元幼馴染のレイアも同じ学校に進学していたのは運が悪すぎる……。
「無視はやめてよ……」
「……悪い」
思わず、俺は謝罪の言葉を口にする。
言い訳に聞こえるかもしれないが、無視したつもりは無かった。
考える事に集中していて、話しかけられたのに気が付かなかっただけなのだ。
……もう何年も話していない彼女に、声をかけられるとは思わなかったから。
「あのさ」
「…‥何?」
「ユージンは、今のままでいいの?」
レイアの瞳には光が宿っておらず、じっと見ていても、泳いだりはせず。
表情は抜け落ちており……今の俺には、彼女の質問の意図が汲み取れない。
ずっと一緒にいた6年前の俺なら、汲み取れていた筈なのに。
「ユージンの人生を壊したあいつを放って置いていいの? あいつのせいで、何もかもがぐちゃぐちゃになったのに」
あいつとは間違いなく、アザカだろう。
本音を言うと、やり返したいとは思う。
もう終わった事だから、全て水に流す……なんて言えるほど、俺は善人ではない。
だが、実際に行動したいとは思わない。
激情の赴くままにアザカに復讐をして、それでハッピーエンド……とはならない以上、アクションを起こすのはリスクが高すぎる。
狡猾な彼女によって、仕返しされているのは目に見えているので、クラスメイトに無視されるよりも酷い目に遭うかもしれない。
「もう終わった事だろ。俺は今の生活で満足してるから、復讐したいとは思わない」
だから、俺は何もしない。
不満を抱えながらであっても、波風立たない生活が送れれば、それで良いのだ。
そんな思いを胸に言葉を紡ぐと、丁度良いタイミングで電車がやってくる。
「そう。なら、好きにすれば良い」
相変わらず、光の無い目を俺に向けるレイアは電車に乗った。
「……ばいばい」
「ああ。じゃあな」
俺が乗り込んだ車両とは別の車両に。
……無表情でクールで、口下手なレイア。
そんな彼女が何を考えているのか。
小学生の頃は顔を見るだけで分かったのに……今は、何もわからなくて。
その事実が、どうしようもなく、俺の心を蝕んでいた。
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