第2話

 ハッチさんとの待ち合わせ場所に辿り着いた俺は、自らの格好を確認する。

 ベージュのパーカーに濃いデニム。

 いつも着ている組み合わせになってしまったが、変ではないだろうか。

 服装のみならず、コミュニケーションの部分も心配だ。

 なにせ、ずっとぼっちだったため、人との話し方を忘れてしまっている。

 辛うじて、店員とやりとり出来る程度のコミュ力で初対面の人と話せるのか?

 それに、素材集めをした翌日に会うとは思わなくて、心の準備が出来ていない。

 ……など、一度考え始めてしまうと、ネガティブな思考で脳内が埋め尽くされてしまう。

 こんなんで、俺は……。


「……ユージンさんですか?」


 ネットのフレンドしか知らないユーザーネームを呼ばれた俺は咄嗟に振り向く。

 すると、艶やかな長い黒髪が印象に残る美少女がこちらを見て、微笑んでいた。

 彼女はつば広の白い帽子と白いワンピースを着用しており、その人並外れた美貌は否応なしに人の目を引いている。

 もしかして、この人がハッチさん?

 男性ではなく女性だったのか……という驚きよりも先に既視感を覚えた。

 彼女の姿をどこかで見た事があるような。

 

「勘違いでしたら、申し訳ないんですが……貴方は悠人ゆうとくん、ですか?」


「そういう君は……芹奈セリナさん?」


「覚えていて、くれたんですね……はいっ、そうです。八坂芹奈です…‥私、ずっと貴方に会いたくてっ……!」


 およそ6年ぶりに再開したセリナさんはその場にへたり込み、大粒の涙を流す。

 想定外の展開に驚きを隠せない俺はあたふたしながらも、思案を巡らした。


 まさか、ハッチさんの正体が、セリナさんだったなんて。

 事実は小説よりも奇なりという他ない……という、思いと。

 本当に、偶然なのかと疑う自分もいた。


「あの時は本当にごめんなさい。私は最後まで何も出来なくて、無力で……貴方に沢山迷惑をかけてしまって……」


「俺は、気にしてないよ。君は悪くないし…‥何より、もう過ぎた事だから」


「ひ、ぐ……そ、そういって貰えるのは有り難いのですが、それでも、私は……」


 セリナさんは嗚咽を漏らしながら、ひたすら謝罪の言葉を繰り返す。

 この再会が偶然であるとしても、作為的なものであるとしても。


 ……こんなに、気にしていてくれたのか。

 6年という月日は長い。

 高校2年生である俺たちにとっては、あまりにも長すぎて。

 苦しい思い出を拭い去るには十分な時間だと言えるだろう。

 けど、彼女は今も自責の念に駆られていて。

 不謹慎である事は重々承知しているが……俺は少しだけ嬉しかった。



「そう言えば……フラムソフトフェアの新作、プレイしました?」


「もうトロコン済みだよ。神ゲー過ぎて、あっという間に時間が溶けた。やっぱり、死にゲーは面白いよな」


 最寄りのカフェで俺とセリナさんは過去の話はせずに、ゲームの話をする。

 俺の心配は杞憂に終わり、想像以上に話が弾んでいた。

 再開した時に大泣きしていた彼女も、今は楽しそうに笑っていて。

 ……少なくとも、演技ではないと思う。

 大して好感を持っていない相手と、現実で会いたいと言い出す筈が無いのだから。


「本当に、夢みたいです。悠人くんとこんな風にお話しできる時が来るなんて……!」


「それはちょっと、大袈裟じゃないか?」


「大袈裟じゃないですよ。私にとって、貴方は救世主のような人なんです」


「冗談が上手いな、芹奈さんは」


「ふふふ……本気です。私は、本気ですから」


 こう思うのは失礼かもしれないが、セリナさんはかなり変わった。

 それも、良い方向に。

 外見は垢抜けており、そこらのアイドルとは比べ物にならないくらい可愛くて。

 性格は小学校の時とは程遠く、社交的で話の組み立て方も上手い。


 恐らく、学校でも人気者なのだろうな。

 スクールカースト最底辺のぼっちである俺とは月とスッポンだ。

 その事を考えると、チクリと胸が痛む。

 劣等感や嫉妬といった醜い感情が生まれるが、俺はそれを振り払った。

 …‥余計な事は考えなくて良い。

 今はただセリナさんとの会話を純粋に楽しめば良いのだ。


「……悠人くん。私、最近こっちに引っ越してきたんです。それに加えて、こちらの高校に通うことになったんですよ」


「へー、そうなんだ。因みにどこの高校?」


「〇〇県立、的山高校です」


 それを聞いて、俺は絶句した。

 〇〇県立的山高校、通称マト高は俺が通っている進学校であり。

 ……かつて、セリナさんを虐めていた加羽アザカが通っている高校でもあったから。


「……知っていますよ」


「…………えっ?」


痣花アザカさんと悠人くんが居るから、的山高校に転校する事を決めたんです」


 想定外の発言を耳にして、困惑する俺を他所に彼女は、にこりと笑う。

 けれども、目は笑っておらず、瞳の奥には底知れぬ何かが秘められていて。

 ……俺は、ただただ恐ろしいと感じた。

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