第27話:相応しい男

 トイレとその周辺を探す万真。約10分探すも、美玖と夏向の姿が見当たらない。他を当たろうとした途端、多目的トイレから物音が聞こえてきた。ドアは何故か閉まっていなかった。ひとつ深呼吸し、ドアを開ける。案の定、2人の姿があったが。


「……何の用だ?」


睨みつけてくる夏向のすぐ横に座り込んでいたのは、手足を縛られた美玖だった……。


(何でこんなことに……)


怒りがこみ上げてくる万真を前に、


「何の用だって聞いてんだ! 俺と美玖の邪魔するな! 出ていきやがれ!!」


声を荒げる夏向の言葉に反応し、万真は怒りで両手を強く握りしめる。


「……何で好きで付き合ってる女の子にそんなことしてんだよ!?」


「そっちには関係ねーんだよ。……さあ美玖、そんな奴のことなんてほっといて、続きをしよう」


 顔を近づけようとする夏向だが、美玖は頑なに拒んでいる。右手で顔に触れ、左手で服をめくろうとしているのを万真は見てしまう。有弥から聞いた話は本当だったと確信に変わる。


「……嫌がってるじゃねーかよ。この子が――嫌って言ってるのが分からんのかよっ!」


夏向を無理矢理突き放し、盾になり美玖のそばへ駆け寄る万真。


「はぁ……ところでお前は何者なんだ?」


「美玖とは大学の時、同じゼミで知り合ったんだ。彼女から声をかけてきた。最初は引いてたけど、自分の姉以外の女性を見る目がなかった、こんな俺を救ってくれたんだ。そんなことになかなか気づかなかった。早く気づいて、……隣にいたかったのに」


万真の本心を初めて聞いた美玖はただただ、呆然としていた。


「俺は絶対にこんなことはやらん。好きで好きで大事にしなきゃならないのは当たり前だろ? どっちが相応ふさわしい男か、誰が見ても分かるだろ?」


「……うるさい。お、俺には俺なりの愛し方があるんだよっっ!」


睨み合う万真と夏向。夏向にはどこかがあるように見える。


 手足を縛られ身動きが取れない美玖は、かつて想いを寄せ、久々に再会し今目の前にいる男・万真に対し、何か言葉をかけたいと思うが、夏向の反応が怖くて声を発せないでいた。


「いつまでいる気だ? さっさとどけよ!」


「どけない。指1本も触れさせない……」


頑なに自分を守ってくれる万真を背後から見続けた美玖が、固く閉じた口を開く。


「……かっ、……っっ……ううっ……」


万真の背中に顔をうずめ、泣きじゃくる美玖。


(今までずっと、吐き出せなかったんだろうな――)


彼女の縛られた両手をそっと握り、すぐさま夏向へ視線を戻す万真。


「……ちっ。今ここで消えるがいいっ……!」


夏向の右の拳が、万真に突きつけられようとしたその時。


「――そこまでですよっ!」


男女の警察官が駆け付けてきた。


 男性警察官が、夏向に詰め寄る。その間、女性警察官が美玖の手足につけられた紐を振りほどく。


「……井上夏向さん。貴方に、御園美玖さんへの性的暴力疑いがかけられています。署までご同行願いますか?」


「……はい……」


一転大人しくなった夏向は、男性警察官と先にその場を去っていった。


「美玖さん、今までよく耐えてくれました。もう大丈夫ですよ。……そこの貴方も、美玖さんを必死にかばってくれてありがとうございました。おかげで、大した怪我なく終わりました」


女性警察官は万真と美玖に声をかけ一礼すると、足早に去っていった。


 2人きりになったところで、美玖は力が抜けたのか体制を崩してしまう。


「……おっと」


受け止める万真。


「……ありがとう。もう大丈夫――」


「大丈夫なわけねーだろ。さっさと出るぞ?」


美玖をお姫様抱っこし、多目的トイレから出ると由貴が走って駆け付けてきた。


「……万真くんっ!」


「由貴さん! その、すいません……大事になってしまって……」


「ううん。警察呼んだの私なの。でも――本当によかったよ……」


抱きかかえられている美玖の姿を見てほっとしたのか、由貴は目に涙を浮かべ、拭っていた。


 泣く暇もなく、由貴が電話をかける。この後救急車も来るようだ。ショッピングモールの出入り口付近が騒がしくなっていた。


「この様子だと1回、病院で診てもらった方がいい。かなり弱ってるし。……万真くんが身体張ってこの子を守ってくれたんだから、私も力になりたくて……」


「ありがとうございます……。俺だけの力では、どうすることもできなかったと思いますよ……ん?」


万真の頬をつついて、何か言いたそうなアピールをする美玖。


「……本当に、お互いのことが好きなのね」


「……はいっ」


由貴に言われ、はっきり認めた万真。そして宝物のように大事そうに、美玖を抱っこし続けていた。


 救急車が到着した。万真と美玖はこれで暫しのお別れとなる。


「……退院したら、迎えに行くから。……必ずっ……」


「……待ってるっ。また貴方に、会いたいから……」


担架に乗せられた美玖は万真と固く手を握り合い、約束を交わす。そして救急車で病院へと向かっていった――


「……さあ、帰るかぁ……」


「はい。何か、どっと疲れました……」


万真には寂しくも、笑顔がこぼれていた。

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