第26話:好きな人がいる……
週が明け、いつも通り出社した万真。心の内は、葛藤だらけだった。
「おはよう、万真くん」
澪が挨拶してくるも、何となく顔が合わせづらかった。
「……おはよう」
挨拶だけ交わすと、支度をし始める。澪はそんな彼の様子を心配そうに見ていた。仕事中も、横目で見ながら。
昼休憩の時間になると、先に席を立つ万真を澪が追いかける。
「……か、万真くんっ。その……最近、どうかしたの……? どこか、寂しそうな顔……してるから――」
「……どうかしたわけじゃ、ないんだけど――いいや、いずれ澪に話さなきゃならないことが、あるんだ」
今日から3日間、由貴は有給消化でお休み中だ。澪の昼休憩中の話し相手がいないことを察した万真は、澪と一緒に昼食をとることになった。
「飲み会の帰りの時、澪が俺に『好きな人はいるの?』って聞いただろ? あの時はいないって答えた。だけど俺――何でか分かんないんだけど、何か思い出したような感覚がしてきて……」
「それは、何……?」
「……やっと気づいたんだ。俺、本当はいたんだ――好きな人がいるってこと。大学の時の同じゼミの女の子。……やっと気づいてしまったせいで、俺は澪に嘘をついてしまったんだと思うと、気まずくて……」
好きな人はいない、というのを嘘だと知ってしまった澪は、言葉を失っていた。
「週末、その子が彼氏らしき男の人と一緒にいるのを偶然見てしまった。辛かった。彼女は俺のことが好きなはずだった。だけど一度、俺はそんな彼女の想いを踏みにじる言葉を言ってしまった。そんな言葉じゃなく、俺自身の想いを伝えていたら、違っていたのかなって――」
声を震わせ、全てを話した万真に対し、澪は。
「本当は――両想いだった、のかぁ……」
その後、澪はこの事実を受け止めようとしていた。受け止めようと必死だった。だがそれにも限界が来たのは、それから4日後、金曜の仕事終わりだった。万真が先に帰ってから、澪は由貴と帰り支度をしていた時のこと。
「澪ちゃん、どっか寄って帰るー?」
「は、はい……」
声を振り絞って返事をする澪だったが、その場で泣き崩れる。
「ど、どうした澪ちゃん……!?」
「……万真くんには好きな人はいない。そう聞いて……どこか安心した私がいましたっ。でもそれは嘘でした……ぐずっ。嘘だと知って……私これから、万真くんと……どう向き合えばいいんですか……? 自分じゃもう、訳が分からなくてっ……」
うんうんと頷きながら、澪の背中をさする由貴。
「……いつの間に私、万真くんのことが――」
届かないことは、分かっている。でも――抱いた想い、そして芽生えた恋が
☆☆☆
10月に入ってすぐの週末、万真は由貴と買い出しにショッピングモールへ行くことになった。澪の悲痛な想いを万真本人に言うべきか、あれから由貴は悩みながら過ごしてきた。
(こういう時じゃないと、本人に言えないよね……)
万真は有弥から、美玖に関しての情報が新たに提供された。有弥の同級生が教えてくれたのは、美玖と付き合っている男の名。知ったところで何なんだと思うが……男の名は
「……万真くん」
「はい、どうしました?」
昼食中、話を切り出す由貴。
「実は、澪ちゃんがこないだね――」
先日隣で聞いていた、澪の想いを万真に打ち明けた。
「……そうだったんですか、澪が……。俺も、申し訳ないことをしてしまったと思ってます。そのうち、澪が満足するまで付き合ってやろうかと――」
昼食を食べ終え、食器を返却しに歩き出したその時だった。美玖とすれ違ってしまった。思わず万真が振り向くと、もう1人の姿――夏向がいた。手を繋いでいた。
(何でこんな時に――)
「おーい万真くん。行くよー?」
「……あっ。すみません、行きますっ!」
万真は足早に食器を戻し、買い出しを再開する。
「……さっきどうしたの? さっき話した、好きな子でもいたの?」
「すれ違ったんです。男と一緒に。ただ――男がその子に性的暴力を振るっているんじゃないかって、ちらっと噂で……」
「……それ大丈夫なの? 上司でも誰でもいいから、止めないと……」
由貴も心配の様子だ。そんな中、買い出しを終える。帰る前に万真が本屋へ寄っている間、由貴は異様な光景を目にする。万真が戻ってくると。
「戻りました。由貴さん、何見て――」
「さっきから見てると、あの2人、なーんか様子が変で……」
由貴が指差す方向を見ると――
「離してって! 何回言ったら分かるの!?」
一瞬だったが、美玖の姿が見えた。夏向が彼女の腕を引っ張ってどこかに連れ込むように、姿を消した。
「嘘でしょ……万真くんがさっき言ってたことが、現実に……?」
「……御園さん……今助けにいくからっ!」
由貴に荷物を預け、万真は2人の姿を追いかける――
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