第23話:克服なんて……

 万真と澪の経理課新人コンビに会話が生まれることがないまま、7月になってしまった。新人研修期間が終わり、本格的に業務に取りかかることとなる。


「おはようございまーすっ」


先に来たのは万真だ。いつもなら澪が先に来ているのに、後になるとは珍しい。そういう日もあるだろうと万真は思ってはいたのだが、始業時間間際になっても澪が現れない。


「澪ちゃん来ないねぇ……課長、何も連絡来てないですよね?」


由貴が経理課の課長に確認を取ったが、課長は首を横に振っていた。


(……俺のせいか?)


澪に何か失礼なことをしたのではないか、と万真はますます心配になってくる。


「そういえば……」


「由貴さん、どうかしたんですか?」


「そういえばさっき、誰か見知らぬ人と一緒にいたのを見た気がする……。もしや――連れ去られた?」


「……俺、探してきます」


咄嗟に出た万真のその言葉に、周囲はあ然とする。


「……あのね万真くん、どこか思い当たる場所なんてないと――」


「いいだろう」


由貴の制止を振り切ったのは課長だった。


「か、課長!?」


「たとえ君の力だけでは見つからなくとも、君のその姿勢を見せれば、きっと佐々木さんが心を開くになるだろう。野木くん、行ってきなさい」


先日、研修修了間際に行われた課長との面談で、万真は澪とのことを相談していた。だから、背中を押しているのかもしれない。


「……ありがとうございます! では――行ってきますっ!」


 梅雨の時期真っ只中のこの日、雨は降らずどんよりな曇りの予報。いつ雨が降ってきてもおかしくないので、万真は貴重品と折りたたみ傘以外の荷物をリュックからロッカーに移動させ、会社を出た。


(さて……どこから探そうか……?)


会社から近いアパートやマンション周辺から捜索は始まる。1時間かけ全て回ったが、澪は見つからない。


(ってことは、家には帰ってなさそうだな……?)


今度はコンビニやレストランなどを訪ね、手当たり次第で様々な人に聞き込みするも、情報はゼロだ。


(ったく……佐々木さんのやつ、どこ行ったんだ……?)


諦めモードになってきた万真は、公園近くの警察署へ行き話をして、会社に戻ろうと決めてしまった。その道中で、男女の言い争う声が聞こえた。


(もしかして?)


公園がある方向から聞こえてくる複数の人の声。万真は急いで公園へ向かう。


 公園に着くと、万真は人影を見つける。男2人がかろうじて見える。


「……何そんな顔してんだ?」


「……そんなに難しいこと聞いたか?」


「……嫌だって言っているんです! いつまで付きまとうんで――やぁっっ……!」


問い詰める男2人の声と、嫌がる女性の声が聞こえてくる。女性の声の正体は――


「あのー……何しているんですか? って……佐々木さん?」


「……っ!?」


万真の登場に、澪はびくっとし目を逸らす。


「おいおいおい。女の知り合いか? そっちこそ何してんだ?」


「知り合いといいますか、会社の同期なんですけど。……これ以上彼女に手を出したら、警察呼びますよ?」


万真は男2人組を睨みつけ脅すと、彼らは青ざめ走り去っていった。


 不審な男共がいなくなっても、澪は万真の方を向こうとしない。


「あ、あの……もう、大丈夫、なんだけど……?」


万真がなだめるように声をかけるも、


「……何で来たんですか? 仕事じゃなかったんですか? 私のことはいいから行ってくださいよ」


「そんな言い方は――」


万真が喋っている途中で電話がかかってくる。由貴からだ。


「もしもし、由貴さん? 佐々木さんなら、見つかりました。今目の前にいるんですけど……」


『よかったぁー……。今どんな様子?』


「かなり疲れ切ってますね……。どこかでくじいたのか、足を痛めているようです」


 澪は必死に立ち上がろうとしているが、足が言うことを聞かない。由貴は一瞬電話から離れ、課長と何か話していたがすぐに戻ってくる。


『……あ、もしもし、ごめんね。可能なら、澪ちゃんをお家に帰してくれって課長が言ってた。その後万真くんは速やかに戻ってくるように、だって』


「分かりました。この度は面倒かけてすみませんでした」


 電話を切り、再び澪に近づく万真。


「……佐々木さん。今日のところは欠勤でって話だ。だから家に帰るぞ? 俺分かんないから、案内してくれないか?」


「……さっきみたいに変な男たちから助けてもらっても、男の人への苦手意識がなくなるわけじゃありません。克服なんて簡単な道じゃありません。勘違いしないでください」


堅苦しい言い方は変わりないが、澪は確かに疲れ切っていた。


「だからってほっといて帰れるかよ。おんぶするから、家までの道……教えてくれよ」


万真の真剣な表情を見て、澪は素直に応じ、おんぶしてもらうことに。やがて澪が1人暮らしをしているアパートに着き、万真に手当をしてもらうのだった。

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