第7章:新たな出会いという壁

第22話:相手にしてもらえない

 4月。再び新年度を迎え、この日は入社式が行われる。電車に乗り、2駅行ったところにある就職先、高仲コーポレーションへ向かう万真。


「おはよう、万真くん!」


駅を出ると、由貴とばったり会った。


「お、おはようございます、由貴さん。今日からよろしくお願いします。この辺で1人暮らししているんですか?」


「うん、すぐそこのアパートだよー」


由貴は自身が住むアパートを指さす。


(1人暮らし……ねぇ)


ぽつりと思いながら、万真は由貴と共に会社に着いた。一旦由貴と別れ、入社式の会場へと向かう。着くと、4人の新入社員――万真の同期にあたる者たちが既に到着していた。席は8人分はあるだろうか。


(どんな人たちと苦楽を共にするんだろうか――?)


万真は期待と不安で頭がいっぱいだ。他の人たちも、きっとそうだろう。


 残りの新入社員が来て、全員揃ったところで入社式が始まった。入社式が終わり、万真たちは3手に分かれる。営業課、経理課、広報課の3つの課。各々が就職先に選んだ課へ移動する中、万真も自身が選んだ経理課へ足を運んだ。


 そこには、由貴がいた。ほっとするのもつかの間もう1人、経理課に新入社員が加わる。


「……佐々木ささきみおです。今日から、よろしくお願いします」


万真の横に並び挨拶をする澪だったが、緊張なのか彼に対し引いているようにも見える。


(……この子と一緒にやっていくのか……)


どこか不安げな万真の社会人1年目が、ここから始まった。


☆☆☆


 入社から暫くたった頃、万真は新人研修を難なくこなしていたが、澪はどこか手こずっているようだ。だが万真の視線を感じたのか、澪は背を向けてしまう。教育係の1人でもある由貴に分からないところを聞いていた。


(いい加減口きいてもらえねーのかなぁ。俺、そんなに怖いか?)


 気がつけば6月。ずっとこんな調子だ。澪は営業課や広報課にいる同期の女性とはまあまあ話してはいるようだが、男性組は完全無視。別の課にいる同期とはまだしも、さすがに同じ経理課に入った万真とコミュニケーションが取れないままでは、今後が心配だ。もうすぐ新人研修も終わり、1人の社員として本格的に働くというのに……。


 この日の仕事が終わると、たまたま一緒に帰ることになった由貴に尋ねた。


「……あのー、俺ってそんなに怖いですか?」


「? 急にどうしたんだい?」


「入社して2か月過ぎましたけど……佐々木さんに未だに相手にしてもらえないんですよ。だから俺、何か悪いことしたのかなぁって思って」


今から考えても無駄なのかもしれないが、来年以降先輩になるにあたってこんな状況では困ると、万真は今後を見据えて、由貴に相談したのだ。


「澪ちゃんねぇ……あの子は女子高・女子大出身。本人からさらっとしか聞いてないんだけど、中学生時代に同じクラスの男子からけっこういじめられてて。それで男子全員が怖くなって、親御さんが気を遣って、中学卒業と同時にこの辺に引っ越してきたんだって」


「そうだったんですか……」


「未だにトラウマなのかねー。本人も『社会人になったんだから、克服しなきゃって思ってます』とは言ってるみたい」


 駅周辺に着く。由貴とはこの辺で別れることになる。


「由貴さん、何か俺にできることってありますかね……?」


「うーん……澪ちゃんが心を開いてくれないことには、何もできないかなぁ。万真くんから声をかけたところで、逆に怖がられるかもしれないしー……」


「ですよねー……。そろそろ電車来る時間なんで、この辺で失礼します。話聞いてくれてありがとうございました。お疲れさまでした、また明日ー」


「うん、お疲れー。また明日ねー」


 帰りの電車に乗り、揺られる中で万真は考え込む。


(トラウマなら、致し方ないのかもしれない。でも佐々木さん本人は克服したいと……かぁ。うーん、俺みたいな女心が理解できなくて鈍い男とは、仲良くするには壁があり過ぎる。由貴さんとはあんなに仲良いのに……)


考え込む時間もむなしく、自宅の最寄り駅に着いてしまった。電車を降り、まっすぐ歩いて帰宅した。何かきっかけがないと、澪との距離は詰められない。


 何とかしたい。そう思うのは、万真も由貴も、そして肝心の澪も、同じなのかもしれない――

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