第20話:姉、引っ越す
冬休み中、万真は部屋でひたすら卒業論文を書き続けていた。年が明けてからも同じだ。だが、書きながらふと思ってしまった。
(姉ちゃん、1人暮らし……するのか――?)
どうするのかは姉が決めること。それは分かってはいるが、寂しさからか手が止まってしまう。
(てか、そろそろ昼飯の時間じゃん)
時刻はもうすぐ午後1時。万真が部屋から出てリビングに来ると、姉と母・
「電車で1時間も通うぐらいなら、母さんはそろそろ1人暮らししてもいいと思うわ。交通費だってバカにならないでしょ?」
「うん、分かってはいるけどさ……万真のことが気がかりかな。私がここから離れて、どうなることやら……」
(気がかり、か――)
万真は陰に隠れ、2人の会話を心配そうに聞いていた。
「万真は就職決まったんだし、心配すること何もないわよ。いつまでもベタベタくっついてる訳にはいかないのは、あの子だって分かってる――成人してるんだしさ。だから万葉、今度は自分自身のために突き進みなさい」
「……分かった。早速、職場近くのアパート、押さえておくかな」
母が自分のことをそう見ているとは、万真はちっとも思ってなかった。それでも、嬉しくもあった。話が済むと、母の呼び声がする。
「万真、待たせてごめんね。そろそろご飯よー」
「はーい」
聞かなかったフリをして、万真はリビングに出てくる。
☆☆☆
冬休みが終わり、大学にて数日前にあったことを有弥に報告する万真。
「ついに姉貴も1人暮らしかぁ」
「そうなのさ。引っ越しに向け色々準備してる最中だよ。今日仕事終わったら内見行ってくるって。時間遅くなるし、明日も仕事だし――どこか泊まるから今日は帰ってこないってさ」
「だろうなー、仕事終わってからだとな。というか、寂しくないのか?」
寂しくないのか、というのは有弥も気にしていたのだろう。だが万真は。
「うーん、どうかな。姉ちゃんも姉ちゃんで自分のために突き進むって決めたんだから、俺も俺で我が道を突き進むことにするよ」
「……お前らしくないが、でも――変わったよな、万真。それを先に認めたのは姉貴だが、そんな姉貴だから、自分が近くにいなくても弟はやっていける、とでも思ったんだろうね。どこかで踏ん切りつけないと、親御さんの元から巣立ちできないしね」
「うん。今月中には家出ていくと思うって言ってたわ」
「あまり日にちもないな。こっちはこっちでテストと卒論であっという間にその時が来ちゃうわ」
こうして話しているうちに1限目の講義が行われる教室に到着。いつものように隣同士で座り、開始時刻が来るのを待っていた。
(変わった、か――)
それを認めてなかったというか、最初から否定したのは、美玖だけだった。明日のゼミナールでまた会うことになるが、特に何かあるわけじゃない。彼女も卒業論文でいっぱいいっぱいだろう。だから万真は、ほっとくしかなかった。
☆☆☆
1月下旬に入り、最後の考査が終わり、卒業論文が無事完成し提出した。
「全て終わったなー! さて卒業式まで、何しよう――って万真、何ぼさっとしてんだ?」
「いや? ついに明日――姉ちゃん、家出ていくんだよなと思って」
でも、万真には寂しさの
「精一杯、見送ってくるよ!」
「おう、そうしてこい!」
翌日、野木家に来ていた引っ越しのトラックが先に行った後。
「……万真に言い残すことは、これだけ」
「何?」
「これから、貴方は由貴の後輩になる。だから、由貴の下でビシバシ鍛えられてきなさい。貴方の更なる成長を、遠くから願ってる!」
と、姉は笑顔で弟にエールを送る。そして、軽い足取りで実家を去っていった。万真はその背中が見えなくなるまで、母と2人で見送った。
「……行っちゃったね、母ちゃん」
「そうね。親としての役目が来るのは――この先いい人と出会って、恋をして、結婚ってなった時。でも、将来は万葉が決めること。だからその時が来るまで、静かに見守るしかないわ。万真は姉ちゃんっ子から一回りも二回りも変わったんだから、貴方のことを信じて家を出ていくことにしたの。けっこう悩んではいたけどねー」
(……はぁ。何回も聞いた『変わった』って言葉……俺はその言葉を信じてきた。これまでずっと何も罪悪感はなかった。でもあの時――)
万真は何か引っかかっていた。モヤモヤしてきていた。だが、その訳を探る暇もなく、家に戻った。
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