第5章:就活生になったけど

第15話:分からない……

 新年度になり、万真と有弥、美玖は4年へ。翔太は3年、那奈と仁奈は2年へ進級した。最高学年になったからって特に何か変わることはない。変わることがあるとすれば、就活生になったってこと。


 やがて新年度初のゼミナールの日を迎えた。あの日以来初めて、美玖と顔を合わせることになる。万真はこの日、1限目から有弥と同じスケジュールで動くことになっていた。


「おはよう万真」


「ああ、おはよう有弥」


があったのに、万真は普段と変わらない様子だ。


 そのままゼミナールの時間を迎えてしまった。ゼミ室に着いてメンバーが揃ったところで、有弥が異変に気づく。


「……御園さんのやつ、どうしたんだ?」


有弥が小声で万真に尋ねる。万真が周りを見渡す。春休み前まで左隣にいたはずの美玖が、今までの出入り口付近ではなく、窓際の席にひっそりと座っていた。代わりに1年の時から一緒のとある男子学生が座っていた。


「……分からない……」


万真は渋々答える。その様子はどこか寂しそうだった。


(この様子だと、春休み中に何かあったに違いないだろうな……。万真が話したくないなら、向こうも話したくないはずだわ)


美玖は目を合わす気もなければ、他のゼミメンバーと話す気にもなっていない。元々、ゼミメンバーとは他愛もない会話をする様子をあまり見ないから、不思議ではない。


 ゼミナールが終わり、万真と有弥は一緒に大学を後にする。


「なあ、有弥。俺ってのかなぁ?」


ふと思ったことを口にする万真。


「ん? い、いきなりどうした?」


万真の思いがけない質問に、有弥は驚く。


「いやー? 卒業式の日の帰りにさ、姉ちゃんが『変わったね』って言ってくれたんだ」


「1番近くで見てきた姉貴がそう言うなら、そうじゃねぇの? 嬉しくないのか?」


「そんなことは、ないけどさ……」


万真は何か引っかかっている。


「御園さんと何かあったのか? 詳しくは聞かないから、イエスかノーで答えてくれ」


「……イエスだ」


「……そうか。話す気になれたら、詳しく教えてくれないか?」


万真はこくりと頷く。有弥は万真の様子を気にかけながらも、アルバイトへと向かった。


 帰宅したが、姉はまだ帰ってきていない。電車通いで時間がかかっているから、姉弟揃って食事をする機会も減ってきている。


(しょうがないんだけどなぁ)


万真が夕食と風呂を終えたところで姉が帰ってきた。だが、自分の部屋から出ようとしなかった。顔を合わせづらいわけではないのだが、ベッドに寝転がった状態から動きたくなかった。


(俺は――誰がどう言おうと、姉ちゃんが言ってくれたことを信じてみたい)


変わったのか、それとも……変わってないのか。モヤモヤは抜け切れてないが、美玖の言葉より姉の言葉を選ぶ。


――シスコンのまんま、なのか。


否定はしない。だけど、いつまでもシスコンのままではいられない。姉からの自立をしていかないといけない。分かってはいるのに、万真にとっては何よりも自立は厳しいものだった。


☆☆☆


 それから1週間余りが経過。写真部に新入部員が1人入ってきた。


米村よねむら朝陽あさひです。教養学部へ入学した者です。趣味が写真撮影なので、この大学に写真部があって嬉しく思ってます! よろしくお願いしますっ!」


姉に呼び出され、流れで入部した自分とは違い、しっかりとした目的があって偉いと万真は思っていたが、自分が引退すると部の在籍者が教養学部だけになることに気づく。


(ま、仕方ないかー。せっかく米村くんに来てもらえたんだししっかり歓迎するかー)


礼儀正しい上、カメラを難なく使いこなす朝陽は、早くも今後の活躍に期待大だ。


「兄さん。俺たちも、負けていられませんね!」


横に並んだ翔太が意気込みを投げかけてくる。


「ああ、そうだな!」


那奈と仁奈はすぐに朝陽と打ち解け、和気あいあいと3人で撮影を行っている。視線の先は、葉桜となった大学内のグラウンドにある桜の木だ。


「おーい、1回集まるぞー!」


万真の号令が、外に響き渡る。


☆☆☆


 周囲が就活で少しずつ動き出している中、万真は特に何もせず過ごしてきた。美玖は相変わらずで万真はもちろんのこと、有弥とも関わりを自ら絶っていた。そんな状態が続き3か月が経過し7月になっていた。汗ばむ日々の中、ある日の朝。


「おはよう有弥。……って、おーい、どうしたんだー?」


万真の視線の先には、返事をする気力をなくしひどく落ち込む有弥の姿があった。

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