〈回想〉3年前の事件 ―蒼依サイド―

 青城大学に入学し2か月余りが経過。万葉とともに写真部に入部し大学生活に慣れてきた蒼依は、自身の教育担当だった湊斗と次第に意気投合するようになっていた。


「部活の時以外でも、できる限り湊斗先輩と一緒にいたいです。だめ、ですか……?」


ある日、蒼依は湊斗へ真剣なまなざしでお願いしていた。


「俺でいいのか?」


「いいんですっ!」


湊斗にそっと抱きついていた蒼依。


(ふふ、いい匂いして落ち着くなぁ……)


そして、笑顔で言った言葉。


「湊斗先輩のことが、好きです」


「ああ、俺もだよ。蒼依」


湊斗が頭を撫でてくれる。この時の蒼依にとっては、至福のひと時だった――


☆☆☆


 数日たつと、湊斗が人気のない所で突然獣のような顔をしてきた。序盤はそっとしたキスも、息が苦しくなるほどに威力が増してくる。でも、これが愛なんだと思えたのか、蒼依は無理に受け入れてしまっていた。


「……ごめん、苦しかったか?」


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫、です、ので……」


抱きつく。すると落ち着く。だって、いい匂いがするから。


「ここまでにしよう。これ以上は、俺がもたねぇ」


「いいんです。私はこれで、大満足です」


 この日を境に、度々この行為は行われた。湊斗は生まれた頃からともに過ごしてきた蓮のことを放置。蒼依は一緒に写真部に入部しすぐに親しくなった万葉のことを放置。


――お互いに友のことなんて眼中になくなっており、に堕ちていく。


 だが、湊斗によって取り返しのつかない事件を引き起こしてしまうとは、彼女は思っていなかっただろう。


☆☆☆


 夏休み最初の部活の日だった。蒼依は湊斗から『早めに来て』と早朝にLINEで言われ、部活の開始時刻1時間ほど前に部室に来た。湊斗以外は誰も来ていない。


「おはようございます。早めに来ました。どうしたんですか、湊斗先輩?」


湊斗は何も言わず、部室のカーテンを閉めだす。


「先輩?」


そして蒼依は湊斗によって、ソファーの上に押し倒される。


「え、えっ……ん、ん……っ……」


前触れもなく、突然口を塞いでくる湊斗。蒼依が苦しくなり、すぐ離す。


「……せんぱーい、どうしちゃったんですか〜? 教えてくれないと――」


蒼依は小悪魔な顔をしながら、お返しをする。


「ただただ、君に会いたくてさ――」


湊斗はそれしか言わず、目隠しをさせられる蒼依。


(え? え? 何にも見えなっ――?)


 蒼依は今まで感じたことのない触覚に襲われる。もちろん、男ほど腕力もないから引き剥がすこともできない。キス以外に自分の身体へ何かされていることに、すぐ気づいた。


――これは愛というより、だった。ブレーキがかけられない。


「いっ……いやぁぁぁーっ!!」


思わず悲鳴をあげた蒼依。部室内に響き渡る。湊斗が我に返り、びくっとする。


 部室のドアが開く。来たのは、蓮だった。


「何があったんだ!? って何だその恰好は……」


思わず蓮が目をつぶりたくなるほど、あってはならない光景だった。蓮が蒼依につけられていた目隠しを取る。蓮の顔を見るなり安堵したのもあるが、湊斗にされたことが怖くなり、蒼依は大泣きしてしまう。


「2人とも、とりあえず服装は整えろ。もうすぐ先輩たちが来るぞ?」


蓮に言われた通り、蒼依と湊斗は服を着直した。


「……もう、知りません。蓮先輩が……助けに来てくれなかったら……わ、私はっ……」


泣き止まないまま、走って部室を出た蒼依。一瞬だったが、部室前にいた万葉が見えた。


(万葉、ごめん。私はもう、あの部活にはいられない……)


 蒼依は後ろを振り返ることなく、教養学部の玄関まで走ってきた。座り込みたいが、先輩たちに見つかる。トイレに隠れ、部活の開始時間が過ぎるのを待っていた。時間が過ぎても、身体の震えが止まらず、閉じこもってままだった。


 気力を振り絞り、帰宅。その日から夏休みが終わるまで、蒼依は家から出ることはなく、万葉をはじめ写真部一同からの連絡を絶った。憔悴する彼女の様子を心配した蒼依の母親が、何があったのかと尋ねてきた。


「お母さん、あのね、部活の先輩に――」


全て話した。話している途中から、涙を流していた。また、身体が震えていた。


「蒼依、よく話してくれたね。すごく怖かっただろうに……。もう、部活は辞めなさい」


「うん。もう、辞める」


 時が過ぎ、蒼依は夏休みが終わると退部届を出し、帰宅部としてひっそり大学生活を過ごすこととなった。

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