〈回想〉3年前の事件 ―万葉サイド―
青城大学に入学し2か月余りが経過。蒼依とともに写真部に入部し大学生活に慣れてきた万葉は、ある日の昼休み、蓮と遭遇する。
「おっと、珍しいですね。蓮先輩とこんなところで会うなんて」
だが、いつも一緒にいる湊斗の姿がない。
「あ、ああ。そうだがな――」
蓮が遠くから様子を伺っていたのは、蒼依と楽しそうに話をしている湊斗だった。
「いつの間にあんな風になっていたんですね」
「そうなんだよ。意気投合したのか知らんけど。湊斗といつも一緒にいるのが当たり前だったせいか、俺1人だとどうも慣れなくて……」
蓮は難しい顔をして幼馴染の楽しそうな姿を垣間見ていた。
万葉はそんな様子の先輩の真向かいの席に鞄を置き、食券を買う列に並びに行こうとした。すると蓮のすぐ横で、足が滑って前のめりになる。
(ひゃあっ――!?)
抱き寄せるように、すぐさま蓮が助けた。
「ふう、間に合ってよかったけど――」
「あ、ああーありがとうございますっ……(れ、蓮先輩……か、顔が、近いですぅぅっ!)」
冷静に助けた蓮と近距離で見つめ合う体制になり、恥ずかしさで目を逸らしそうになる万葉。
「万葉、どうした? 顔が赤いぞ?」
「な、何でもありませんっ! ご飯買いに行ってきますっっ!」
万葉がこの日買ったのはチキンライス。食堂で大人気のメニューである。ドキドキと恥ずかしさが抜けない中、昼食を蓮と一緒に食べ、まっすぐ講義へと向かった。
この日は部活があり、この時も蓮は難しい顔をしていた。帰りも偶然一緒になり、その帰り道、万葉が訳を尋ねる。
「蓮先輩、今日どうしちゃったんですか?」
「何かさ……湊斗と蒼依には申し訳ないんだけど、何となく嫌な予感がするんだよ」
「何でです?」
「……女の子に話していいやつか分からないけど、いいか?」
万葉はこくりと頷き、蓮が話を続ける。
「実は俺――2、3回見てるんだ。湊斗が蒼依にやらしいちょっかい出してるところを。蒼依の教育担当が湊斗になっていた。ただそれだけがきっかけで、付き合うというか……そこまで急接近するのかなぁ」
万葉に配慮し具体的な表現は避けた蓮だったが。
「そうだったとしても、どこかで大きなトラブルありそうですよね……」
万葉としては、そう言わざるを得なかった。学部の垣根を超え親しくなった蒼依に対し、心配と頼ってくれないもどかしさ。感情がぐちゃぐちゃになっていた。
☆☆☆
夏休みに入り、最初の部活。万葉は早めに家を出発した。蒼依のことが気がかりだったのか。
部室の最寄りの階段で蓮と合流。3・4年の先輩たちはまだ来ていない。
「おはようございます。早いですね」
「それはそっちのセリフだ」
部室に近づくと、悲鳴が聞こえた。声の主は、蒼依だった。
「蒼依、どうし――」
「待て。俺が見てくるから、その辺で待ってた方がいい!」
蓮に止められ、万葉はその場で待っているしかなかった。部室内で何があったのか、覗きに行けない。だが、蒼依の身に何かあったのかだけは分かった。
蓮が部室に入り数分はたっただろうか。ドアが開いたと思ったら、蒼依が逃げるように出ていったのだ。万葉が声をかける隙もなく、帰ってしまった。
――蒼依が大粒の涙を流していたのが、万葉の目に焼きついていた。
万葉が恐る恐る部室に入ると、蓮が厳しい表情で湊斗を叱っていた。
「おい湊斗、女の子に手を出すなんて……そんな泣かせるようなことしちゃだめだろ! どうするんだ!? ごめんなさいで済む問題じゃないだろ!?」
ちょっかいの件は以前蓮から聞いていたが、湊斗が蒼依に手を出した……ちょっかいの度を超えた事件が起きたんだと察した。蓮の嫌な予感が当たったのだ。
「そ、そう、だよなぁ……」
湊斗は何も言い訳できず、自分が犯した罪を認めたのだった。
その後先輩たちが続々部室にやってきて、何事もなかったかのように部活が始まった。蒼依は欠席扱いのまま、この日の部活を終えたのだった。
(どうしてなんだ? 何で相談してくれなかった?)
現場を見ていない万葉はそう思うしかない。1人でとぼとぼと帰り、帰宅すると自分の部屋に直行し、うずくまっていた。隣の部屋で勉強していた万真が夕食の時間を知らせてくれるまで、ずっと。
その日以来、万葉は蒼依と会うこともなければ連絡も取れなくなっていた。だんだん腹ただしくなっていた。そして夏休みが終わると、蒼依は退部届を出し、姿をくらましたのである。
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