第7話:貴方に会いたくて……

 野木姉弟が仲直りしてから約1か月。前期の考査が終わり、夏休みに入る。


「いいなーお前さんは。俺は部活だよ。姉ちゃん就活でいないし、俺が取り仕切らなきゃいけないんだよ」


 彼女とのデートだというのに、何故か途中まで有弥は万真の後ろについてくる。


「まーだ時間あるんだよ。この辺で待ち合わせだし、いいだろ?」


「そうだけど……。こっちは部活で大学祭の準備もあるし、忙しくなるわ」


と言いながら、万真は軽く有弥を睨みつけた。


「まあまあ、そんな顔すんなよ。ところで、御園さんとはどうなんだよ?」


「何もねぇよ。ただ――何かと視線を感じるんだよ。姉ちゃんと仲直りしてから」


そう言う万真は、難しい表情をして視線を逸らしていた。


「万真のこと気になってる子が、こっそり様子伺ってるんじゃね? それじゃここでー。部活頑張れよー!」


「はぁ……んなわけ。ああ、またなー」


呆れ気味に有弥を見送る万真。その姿はウキウキしているようで、嫌味にも見えたのである。


(姉ちゃんは……就活生なんだから仕方ねぇんだよ、俺――)


首を振り、大学へと向かう。


 部室に入ると、翔太たちが既に到着している。


「おはようございます、兄さん」


「「おはようございます!」」


翔太に次ぎ那奈・仁奈の元気な挨拶を受け、万真の副部長としての1日が始まる。


「おはよう。今日姉ちゃんはインターンシップでいないけど、その間に俺たちでできることやっていくぞー」


「「はいっ!」」


 今年の大学祭は去年と同様、新聞部からのお誘いで合同で手作り新聞を作成、出展することになった。今年は近場にできた穴場スポットへ取材し、その魅力を伝える――という感じらしい。撮影係として引き続き写真部も同行することになった。取材日は新聞部のかしわ部長のご配慮で、




「万葉さんがインターンシップ行く日以外で、こちらでお願いしとくんでご心配なく」




ということで、週が明けすぐに決まったのである。




「去年は幼馴染同士、今年はご姉弟で部長・副部長。何かとだね、写真部」




の言い分がいいことなのか分からないが、とりあえず万真は取材の詳細について翔太たち後輩に説明する。行き先の穴場スポットについても、自分なりに解説していた。


――舐められては困る。ただそれだけの思いで。


 部活が終わり、翔太たちが先に帰っていく。万真は部室のドアのカギを閉め、1人で経済学部の玄関に向かおうとすると、目の前に美玖が現れる。


「え、御園さん? どうしてここに?」


「私はサークルで来てたんだ。お姉さんいないんだね?」


(ん? 『今日は』って何なんだ?)


そう疑問に思うも万真は、


「姉ちゃんは今日インターンシップ行ってて休みだ。しょうがないさ、就活生だし。俺らだって、来年そうなるだろ? 他人事じゃないさ」


「……安心した。寂しそうにしてるかと思ってた」


「何で?」


「あれから私は、どうしてるかなって――ぶっちゃけ、野木くんのこと後ろから見続けてきた。お姉さんと仲直りしてから毎日楽しそうにしてるのを見て――」


 ここ最近、万真に妙に視線を送ってきていたのは、美玖だった。


「そうだったのか。誰かに見られてる気がしてたんだけど、本当だったんだな。それが御園さんだったとは」


「迷惑だったら、ごめん。それと、サークルだったのは事実だけど、本音としては――野木くんに会いたくて来た。ちょうどお姉さんがいない時で、


美玖がどんどん近寄ってくる。思わず1歩下がろうとする万真。


「下がらないでっ!」


「え?」


(お姉さんへのなら、今度は私が隣に――)


その表情は、真剣そのものだ。


 何も言い返せない万真に対し、美玖は。


「……貴方のことが、好きになったかも、だから。だから――下がらないで……」


「分かった、下がらないよ」


「ふふ。あのね、目つぶってくれる?」


万真は言われた通りに目をつぶる。何をする気なのか、彼には分からない。


(私がしてあげる)


美玖の顔が目の前に。やがて彼女は、万真に優しいキスをしたのである。


「……これが、私の気持ちだよ。今日は会えて嬉しかった。またゼミでねー!」


少々照れながらも、美玖はその場を後にした。


(……は? 俺は、御園さんに――告られた?)


戸惑う万真と、想いをぶつけた美玖。影に隠れて一部始終を見ていた者がいたというのは、まだ2人は知らない……。

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