第2章:感じる視線
第6話:仲直りの兆し
7月入ってすぐの週末。美玖に呼び出され、万真がやってきたのはキサキだった。
「御園さん、来たよ。で、俺に何の用事?」
この週末は部活も何もないため、気晴らしにと思い美玖の誘いを受けることにした万真だったが、彼女の目的は当日になっても謎のままだった。
「大学いるうちじゃなかなか捕まらないから、こういう時じゃないと聞けないことがあって」
「聞けないこと?」
「うん」
首を傾げながらも、美玖の後に次いで中に入る万真。
席に着き、お互いにジュースとパンケーキを注文し、その後。
「……野木くん、最近お姉さんとはどうなの?」
単刀直入過ぎるし、予想外の質問でもある。
「いや、そもそも御園さんが何でそんなこと聞くの?」
「こないだのゼミの前に清水くんと2人で、お姉さんのことで困ってそうなオーラ出して話してたの後ろから聞いてたから。それに、元気なさそうだったし――ずっと」
「そっか、バレバレだったかぁ。隣だから仕方ないかぁ。それじゃ、正直に言う。挨拶はするし普通に会話するけど……元通りにはなってないな。俺のせいで、姉ちゃんは別人になってしまったんだ」
「……そうなの?」
「そうだ」
万真は美玖に、2か月前のあの事件のことを話した。2か月たっても、謝りたい気持ちはあるが――あと一歩が出ない。
「そんなことが……。お姉さんとしては、弟がそんな風に見てたんだというのにも、ショックだったんじゃないのかな?」
「ショック、か……」
「うん。遊び云々の前に、姉じゃなく1人の女として見てたんだってこと」
「……それは、認めるわ。姉ちゃんは姉ちゃんなのに――」
やっと、自分の行いがおかしいことに気づいた万真。今まではやり過ぎたことにだけ気づき、反省していたのだ。
「そう。お姉さんはお姉さん。野木くんの唯一無二のお姉さんなんだから。そんな方を1人の女として扱っちゃダメだよ。お姉さんの心の傷が癒えなかったら、誰が責任取るの?」
「……俺だ。俺が、やったことだから――」
小さい声ながらも、自分であることを認めた万真。
「そうね。お姉さんが好きな野木くんのままでいてほしいけど、大人の仲間入りしたんだから、今度はお姉さんのことをもっと大事にして、守っていこう」
「ああ。御園さんにまであの話をするとは思わなかったわ。でも、女性の意見というか、考えが聞けなかったら――俺はまだ、反省しきれてなかったかもしれん」
やがて注文の品が到着。食べ終わると美玖が再び口を開く。
「歳近いと距離感ってなかなか難しいよね。どっちの気持ちも分かる。分かるけど――野木くんがやったことは、いけないことだよ?」
「分かってる。御園さんのおかげで、今すぐにでも謝れそうな気がしてきた」
「よかった。笑顔が見られて、嬉しいよ」
万真に笑顔が戻り、美玖も安堵している。
「野木くん、今日はありがとう。また、ゼミの時に」
「お礼を言いたいのは俺の方だ。ありがとう、御園さん」
帰宅後、姉・万葉の部屋のドアの前で。
「姉ちゃん。あの時は本当にごめん。あれから俺は有弥から怒られたり、翔太から心配されたり。姉ちゃんの気持ち一切考えないで、俺はやってはいけないことをしてしまったんだと、やっと気づいたんだ。今も姉ちゃんへの想いは変わらない。変わらないけど――」
姉が部屋から出てくる。
「万真、自分をこれ以上責めなくていい。私もどうしたらいいか、分からなかったから。いっぱい反省してくれたんだね。私たちは姉弟なんだから。それだけ自覚してもらえれば、許してあげる」
「……分かった。まだまだ俺は、子供だなぁ」
お互いに苦笑いしながら、2か月にも及んだすれ違いに幕を閉じ、無事野木兄弟は仲直りしたのである――
(唯一無二の姉ちゃんのためなら、俺は弟として何だってやるさ――)
そう、決意を込めて。
☆☆☆
週が明け、姉弟揃っての通学も再開し、有弥も翔太も安心したようだ。万真は仲直り後最初の部活にて改めて、翔太たち後輩に謝罪した。
部活が終わり、経済学部の玄関にて。
「姉ちゃん、どうかしたの?」
姉が一瞬、後ろを向いていた訳を尋ねる万真。
「いや~誰かの視線を感じるなと思ってさ? 私じゃなくて、万真に」
「俺か?」
万真も後ろを向くが、誰もいない。
(気のせいか?)
そう思いながら、大学を後にするのである。彼を後ろから見ていたのは一体――?
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