第1章:シスコンなだけの男の暴走

第1話:後輩への激白

 卒業式から1週間後、部室内にて。


「おはようございます、兄さん。姉さんは?」


野木姉弟を姉・兄のように慕う教養学部1年の後輩・立花たちばな翔太しょうた。最初は違和感を感じた野木姉弟だったが、今はもう定着している。


「姉ちゃん? 姉ちゃん熱出して来れないって」


「あらら……。で、俺らだけで何やります? 新入生勧誘のポスターもできてますし……って、兄さん?」


万真は考え事をし、翔太から声かけられるまでうわの空。


「ごめんごめん。朝から忙しくて。お粥作ってから来たからさー。何でもないで?」


「本当ですか? なら、いいですけど……」


 翔太はのあの日の悔し涙を唯一見ていた男である。だから、涙の訳を確かめたかったのである。少しばかりの沈黙が続いた後、


「やけに寂しそうにしている兄さん、初めて見ました。いつもご姉弟、仲良く隣同士で座ってましたしね」


「そうか? 姉ちゃんがいないと調子狂うんだよなぁ」


「……たとえ前部長の蓮先輩であっても、姉さんのお隣を奪われるのが嫌だったんですね?」


翔太の言うことは間違ってはいない。


「そうだ」


「だからだったんですか? 先週の卒業式の日、兄さん泣いていたのは。姉さんに釣られるのにも不自然だなぁと思ったので」


「……ばれたか」


「はい、後輩にはしっかりばれてますよ?」


 どうするか。姉の隣という名のを取られたくないわがままな先輩に見られているかもしれない。翔太がどう思うか分からないが、姉が今その場にいないのを機にぶっちゃけてしまうしかない。


「俺さ、姉ちゃんから蓮先輩のこと聞いた時は、最初は応援しようかと思ってたの。でもさ? 叶わない想いなの分かってんのに、先輩に嫉妬してたし……先輩の隣に姉ちゃんがもし行ってしまったらって思ってしまって」


「はい。……はい? えっと……シスコンなんじゃないですか、それ?」


一瞬納得したようでしていない翔太に対し、万真は。


「うん。そんな話、有弥ゆうやにも前したんだ。もしかすると、恋愛対象として姉ちゃんのこと、好きになってるんじゃないのって言われたのよ。言われてみたら、納得した」


「え、ええっ!? それって、ちょっと……大丈夫、なんですか……色々と……?」


平然と話す先輩・万真と驚きでひっくり返りそうになっている後輩・翔太。写真部の部室には2人しかいないのに、態度が正反対の先輩後輩がそこにいる。


「何とも言えないな」


「いや、何とも言えない問題じゃないと思いますよ!? ほ、他の女性の方にご興味は……?」


「ない」


ばっさり否定。


 翔太は万真の圧に負け、渋々飲み込んでしまうしかなかった。


「兄さん。そんなこと言っておいて、姉さんとどうする気ですか?」


「特に何もしないさ。姉ちゃんが蓮先輩に叶わない片想いしたのと同じだし。もし俺が他の女に本気で惚れる時が来たら、そこまでだと」


「そうですか。じゃあ俺は、後輩として――」


2人の会話を遮るかのように、万真宛に清水しみず有弥から電話がかかってきた。この男は、万真と同じゼミで大学1年の時からの良き友である。翔太とは万真からの紹介で仲良くなっている。


『もしもーし、万真? 部活中だったら悪い』


「何だ有弥? 姉ちゃん休んだし、翔太と時間持て余してるぞ?」


『なら、早く終わらせてどっか遊びに行かね? 昨日の振り替えで今日バイト休みだから暇なのよ。何なら、翔太も連れてきてもいいぞ?』


「だとよ。どうする翔太?」


「い、行きます! 有弥さん、また後ほど!」


 卒業式後最初の部活は集合して1時間もたたずに終了。有弥が大学構内の駐輪場前まで駆けつけており、そのまま3人で遊びに行くことになった。


 勝手なことをしてしまったとは思ったが、大好きな姉なら許してくれるだろうとお気楽な弟に運命の人なんて現れるのだろうか――


☆☆☆


 新学期が始まり、万真は有弥と共に3年に進級。姉・万葉は4年、後輩・翔太は2年へ。


 やがて最初のゼミナールが行われる日がやってきた。青城大学では、3年から所属するゼミの希望を各自2年の春休み前に提出することになっている。変わる者もいれば、そのまま変わらず卒業まで同じゼミに所属する者もいる。


 万真も有弥も変わらず同じゼミに在籍するが、どうやら半分はメンバーが入れ替わりそうだ。万真の右隣は有弥で、左隣に初顔合わせのとある女子がやってくる。

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